ヒヨコが入った

 

 会社の庭のトリ小屋では、メンドリと烏骨鶏のオンドリの2羽の暮らしが続いていた。
 最初、採卵用に10羽を入れ、毎日エサ当番がその日の卵をもらえるという決まりを作っていた。若いうちはほぼ毎日卵を産むので、結構みんな当番を楽しみにしていた。

 

 そして時がたち、タヌキに襲われたり、客人が来るというので私たちに襲われたりして、初代のメンドリは1羽だけになっていた。しかも10年近くたつので卵は産まない。毎日エサをやるだけのペットになっていた。

 

 ヒヨコを入れよう!が、この春のスローガンだった。
 知り合いを尋ねまわって、やっとある農家にたどり着いた。
 薩摩鳥のオスと碁石のメスを掛け合わせた真っ黒な黒鳥だ。孵卵器で自家繁殖しているという。分けてもらったのは、産まれたては体温調整が難しいので、鳩くらいに成長したやつ。それでもピヨピヨと鳴いている。

 

 

 問題が一つだけある。オスかメスか分からないのだ。相当のプロじゃないと見分けられないらしい。運が悪けりゃ、全部オスだってありうる。実際うちに回ってきた烏骨鶏は、店で売っていた卵を孵化させたもので15羽中15羽全部オスだった。朝まだ暗いうちからコケコッコーの大合唱。うるさいので、もらってくれと頼み込まれたものだ。あと2カ月もすれば、トサカの具合でオスメスはっきりする。

 

 こうして大人2羽のトリ小屋に、新入りヒナ10羽が同居することになった。ところがすぐに事件が起きた。
 ヒナの1羽が大ケガをしたのだ。気の荒いメスが、えさ場に集まるヒナが気に食わないらしく、頭をつついて皮を破ったのだ。

 

 

 このままでは死んでしまう。消毒薬を塗って、トリ小屋の中にまた部屋を作って隔離してやった。犯人のメスは小屋から放り出した。
 長年住み慣れた小屋から追い出されて、さすがに反省したのかうなだれている。「もう、いじめたりしないから許しておくれ」と言ってるようだが、とにかく次の被害者が出たら困るのでそのままにしておいた。

 

 土日を挟んで月曜日、メスがいない。失踪か!タヌキにやられたか! 何日か後に真相がわかった。
 このところ屋根の修理に来ている兄ちゃんが持って行ったのだ。「卵を楽しみに飼っている」と言う。「もう産まないよ」と教えるとさすがにがっかりしていた。今では「飼っていたら煩悩がついてかわいい」と言う。うちにいるより良かったかも。

 

 頭に大ケガしたヒナも傷は塞がった。人間もトリも幸せがいい。


自然の営み

 

 4月、また自然の営みを実感する季節がやってきた。
 下田の会社に出社しても、玄関に入るまでに30分はかかる。庭や藪をぶらつかずにはいられないのだ。

 

 友人がトリ小屋の奥の茂みにハチの巣箱を置いた。セイヨウより一回り小さい二ホンミツバチの群れを呼び込もうという算段だ。今、群れの偵察隊が出たり入ったりしている。うまく入れば、秋には鳥肌が立つほどおいしい蜂蜜を食べさせてくれる。

 

 

 

 トリ小屋には卵を産まなくなっためんどり1羽とオスの烏骨鶏1羽がいる。若いヒナを入れなければ。

 

 トリ小屋の脇に生えているビワの木には、今年はたわわに実がついている。6月、熟すのが楽しみだ。

 

 去年ヘチマが10本ほどなった畑には、3月中旬にインゲンの種を蒔いた。芽が出ないのであきらめていたが、4月10日、やっと芽吹いてくれた。こいつも日に日に大きくなっている。6月、実をつけ始めるだろう。インゲンの周りに白い花を咲かせているのは、ウシハコベだ。よく見ると、葉の小さいコハコベもある。ちょっと離れるとミドリハコベもある。わずか2m四方に3種類のハコベがあるってどういうこと? 環境に適応して種は分化したはずだが、3種は、ほとんど同じ環境に棲むように見える。土、日照などに微妙な違いがあるのだろうか?
 

 12年前、下田の事務所に移ったその年に木市で買ったハッサクの苗6本。玄関脇に元気に育って冬には100個と言わず食べさせてくれた。いま若葉の間にしっかりした花芽が見える。あと2週間で花を咲かせ、虫を呼ぶ。

 

 そんなこんなであっという間に、30分、1時間が過ぎてしまう。足元の移り変わりと新しい発見。自然がもたらしてくれる喜びに勝るものがあるだろうか。

 

 屋久島から送られてきた「愚角庵だより」に、山尾三省さんの「高校入学式」と題する詩が掲載されていた。

 

  島は 山桜の花が 満開である
  教師たちよ
  この百十八名の新入生の魂を
  あなた達の「教育」の犠牲にするな
  「望まれる社会人」に育て上げるな
  破滅へと向かう文明社会の
  歯車ともリーダーともするな(略)

 

 娘の進学に合わせて書いた詩だという。いま、この喜びの季節にそぐわない核戦争の危機が忍び寄り、核の大惨事を自ら招く原発再稼働の動きが続く。昔も今も問われるべきは、もちろん教師たちだけでなく、政治家や、マスコミ、この出版業界、あらゆる職業、生き方なのだと、あらためて思う。


還暦同窓会

 

 私は、徳之島の伊仙小学校を卒業した。高校の教員だった父親に連れられて、5年の時転校したのだ。
 この鹿児島にも、伊仙の子は10人ばかりいる。といっても立派なおっさんとおばさんなのだが。このところ、彼らと2カ月に1ぺんは会っている。還暦同窓会の打ち合わせだ。100人の同級生のうち、鹿児島に10人、大阪35人、東京10人、島に30人、あとは各地に点在、といったところか。

 

 この同窓会を霧島温泉ですることになり、鹿児島組が迎える係になった。宿までの送迎、宴会の出し物、観光コースと詰めるべきことは、けっこう多い。だが、飲みながらの打ち合わせは、ついつい子供の頃の話に脱線する。

 

 しょっちゅう私をつまみに来た正は、女の子たちにも意地悪で、嫌われ者だったことを初めて知った。
 良治はマッチ箱に便を入れる検便に、自分のが出なかったのか、犬の糞を入れて出した。だが、ばれてしまって、先生にこっぴどく叱られていた。この話はみんなよく覚えていた。
 5年の時「明日転校します、みんな今日までありがとう」と、泣きながら感動的な別れの挨拶をした繁子は、翌日も学校に出てきた。転校がとりやめになったらしい。6年の時には本当に転校したが、その時には挨拶もなく突然消えた。

 

 この前の集まりでは、島から鹿児島の高校にやってきた武の話題になった。暴れん坊の武は、高2のときバイク事故で死んでしまった。よう子は武のことがたいそう好きだったという。今でも忘れられない、とうっとりした顔で話す。

 

 中学の時のバレンタインでは、武のために心を込めてチョコを作った。いよいよ告白だ。恋心を誰かに話さずにはいられなかったよう子は、和子にチョコ作戦を漏らしてしまった。和子は、お節介にも「私が渡してあげる」とキューピット役を買って出た。
 バレンタインが終わって、ドキドキしながら和子に首尾を聞くと、あろうことかチョコは武に渡っていなかった。「弟が食べた」と言う。よう子のショックはいかほどだったか。告白のタイミングを逸してしまった。

 

 チョコが武に渡り、よう子とめでたくカップルになっていたら、武は鹿児島の高校には行かず、よう子と同じ島の高校に通っていたかもしれない。そうなれば、バイク事故にも遭わなかっただろう。ひょっとしたら、和子も武が好きだったのかもしれない。

 

 人は偶然に出会い、別れていく。偶然の積み重ねに今がある。その中で生じた他愛のない出来事の一つひとつが、それぞれにとって大切な宝物になっているのだと、改めて思う。

 



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鹿児島市の郊外にある民家を会社にした「自然を愛する」出版社。自然や環境、鹿児島、奄美の本を作っています。

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