知った責任

 

 11月16日、奄美出張が入ってしまった。出版社をしているから奄美の本屋さんへの営業は当然なのだが、編集の仕事が立て込んでいる今、とても営業に割く時間はなく、出来れば避けたかった。
 理由は、骨髄バンクのイベントだ。これまで2年連続2回、地元の音楽家がチャリティーコンサートを開催してくれている。ボランティアだから交通費は出ない。2回とも営業にかこつけて参加していた。
 今回は3回目、鹿児島から他のメンバーも行くのでよかろうと思っていた。だが、イベントに合わせて、奄美のボランティア組織が立ち上がる。この大事な時に何だ、という。実は、私は、かごしま骨髄バンク推進連絡会議というドナー登録を増やすためのボランティアの会の代表をしているのだ。
 今から27年前のこと。Uターンした直後、高校時代の同級生から連絡がきた。私と同じ下宿にいたS君が白血病になったという。同級生と一緒に鹿大の専門医・川上清医師の所へ話を聞きに行ったのを、はっきりと覚えている。生存の手立ては唯一、骨髄移植だけ。移植のためには、何万人に一人という白血球の一致するドナーを見つけなければならない。
 欧米では、その何十年も前から骨髄バンクができていたが、日本では出来たばかり。Uターンして仕事もせず、しばらくのんびりしようと思っていた私は、急いで同級生に呼びかけドナー登録を呼びかける会を作った。
 白血病患者は長くは生きられない。時間との闘いだった。結局ドナーが見つかることなく、感染症(肺炎)で半年後に彼は死んだ。残された嫁さんと二人の幼子が何とも不憫だった。
 それからも、骨髄バンクから抜け出せずに、今でも活動を続けている。「知ってしまった責任」とでも言おうか。
 人は見たいものを見て、聞きたいことを聞くという。骨髄バンクの存在が広く知られるようになった今でも、多くの人が、自分には関係ないと、正面から見ることなく通り過ぎていく。ドナーが見つからず死んでいく人が、毎年1000人いるというのに。
 もう一つは原発。四十数年前、大学の講義で市川貞夫先生から聞いた話。
 原発から日常的に放出される大量の(電力会社はごく微量という)放射能のせいで、原発から近ければ近いほど植物の突然変異が多いという。人間が、がんや白血病になるということだ。事故は破滅的被害をもたらすが、事故がなくても、放射能を出して人を害しながら電力会社は利益を得ている。
 あのとき、電力会社の非道が胸に刻み込まれた。


幻の怪魚

 

 9月7日、坊津へ釣りに行った。
 鹿児島にUターンする前に勤めていた会社で、30年程前に一時名古屋支社にいたことがある。その時に世話になった取引先の知人が、なぜか、縁もゆかりもない坊津で民宿を始めたのだ。屋号は「夕焼け」。2012年の知事選の折にも、はるばる名古屋から応援に来てくれた。実に気のいい人間だ。
 おまけに、小学6年の息子は、目の前の海で腕の太さほどのマゴチを何本も釣り上げているという。行かぬわけにはいかない。
 マゴチは先ず小魚を釣って、それを餌にして置き竿で待つ。狙いをマゴチに据え、竿を4本抱えていそいそと坊津へ向かった。
 3時過ぎ、宿に着くと、休む間もなく海へ。小物釣りの道具で先ず小魚を狙う。釣れる、釣れる。スズメダイ、オヤビッチャ、フエダイの子供も何種類かかかった。まずまずのイスズミもゲットだ。でも、大物釣りの餌には大きすぎる。
 そのうち知人が、小アジ釣りのサビキ仕掛けを持ってやってきた。かかった小アジを餌にして海に放り込んでおく。小6の息子も放り込む。何の変化もないまま、私の小魚釣りが続いた。
 と、突然、息子の竿が曲がった。大物だ。ぐんぐん引かれ懸命にこらえている。バキッ、竿が折れた。あー、もったいない。
 見ると、私の置き竿も、竿先がグーッと海に突っ込んでいる。慌てて竿を取ろうとしたが、ブツッ、音を立てて糸が切れてしまった。5号の糸だから、そこそこの大物には耐えるはずだが、ものの数秒で切られてしまった。
 時計を見ると5時過ぎ、夕まづめだ。魚の釣り時は、朝と夕のまづめ時。これは釣り人の間では広く知られた定石だ。太陽と水平線の間が詰まるから間詰というらしい。
 朝は植物プランクトンが太陽の光を求めて浮き上がり、夕方は夜行性のプランクトンが活動を始める。それを待ってましたとばかりに小魚が大喜びで群れ食べ、この小魚を目指して大物が回ってくる。
 その後も立て続けに3回ほど大物がかかったが、糸が耐え切れず、結局姿は見れずじまい。
 逃げた魚は大きいというが、紛れもない大物だった。しかも、引き方の違う何種類かがいた。いまでも、ブツッと糸が切れた瞬間の映像がはっきり目に焼き付いている。
 今度は10号の糸に、腰の強い竿を持って行こう。坊津の海にゆっくり回ってきた怪魚の顔を見るまでは、どうも落ち着けない。
 それにしても、人間を相手にするより魚相手の方がずっと面白い。

 

イトフエフキキュウセンフエダイ

イトフエフキ                                  キュウセンフエダイ

 


驚きの車列

 

 夜の10時過ぎ、中央駅前の大通り片側3車線の歩道側の車線は停車中の車が数珠つなぎだ。何だ、これは!
 どこぞの店の大売り出しかと思ったが、こんな夜中にそれはない。変なの、とやり過ごしたが、そこを通るたびに、いつも数珠つなぎの車だ。
 後になって、謎が解けた。学習塾帰りの子を待つ親たちの群れだった。
 注意して見ると、大手の学習塾の周辺では、それこそ何百メートルもの車列ができるが、小規模の塾でも、終わりの時間前には、ちゃんと車の列ができている。
 かわいそうな子供たち。勉強の好きな子なんて、千人に一人もいないに違いない。それなのに学校が終わって、ふー、と息つく間もなく、今度は塾で勉強だ。こんな牢獄のような暮らしで、おかしくならない方が変だ。
 子供たちの不登校が激増していると聞くが無理もない。むしろ嫌なことを嫌と反応するから、まともとも思う。
 私たちの頃は、4、50年前にもなるけど、塾なんてそもそもなかった。どの家庭も余分なお金はなかっただろうし、ちゃんと予習、復習する子がいたら、「やーい、ガリベン」なんて囃し立てられたものだ。だから、もし塾があったとしても、誰もいかないから、すぐに潰れたに違いない。

 勉強ばかりすれば、確かに成績は上がるだろう。かくして、高校、大学はガリベンだらけの、牢獄を牢獄とも思わない子供たちで埋め尽くされていく。高校、大学はそれでもいいかもしれない。
 だが、それを過ぎ、社会に出れば、数学、物理とか世界史とかほとんど無縁の世界だ。大半が日本人相手の仕事だから、英語すらも関係ない。
 だとすれば、それまで苦労したことは20歳過ぎてからの長い人生の中で何の役にも立たないことになる。親もそれは知っているはずだ。役に立たないと分かっていることを、皆で一生懸命、大まじめにやる。原発の避難訓練と一緒で、マンガというほかない。
 あるとすれば、耐える力、か。何も考えず、嫌なことを何時間でも何日でも、何年でもやる。いやいや。これじゃ役に立つどころか、よりよい奴隷のための長期育成システムだ。
 その昔、勉強は長距離走と似ていると思った。どちらも嫌なことだから、集中して、できるだけ短時間で終わらせる。ずっとやり続けるなんて、我慢できないからね。
 いずれにしろ、子供たちがこんなんじゃ、この先ろくな世の中にならないことだけは確かだ。
 南方新社の本でも読んでくれれば、それだけ周りの世界が彩り豊かに広がってくるんだけどなあ。



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鹿児島市の郊外にある民家を会社にした「自然を愛する」出版社。自然や環境、鹿児島、奄美の本を作っています。

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