自然の営み

 

 4月、また自然の営みを実感する季節がやってきた。
 下田の会社に出社しても、玄関に入るまでに30分はかかる。庭や藪をぶらつかずにはいられないのだ。

 

 友人がトリ小屋の奥の茂みにハチの巣箱を置いた。セイヨウより一回り小さい二ホンミツバチの群れを呼び込もうという算段だ。今、群れの偵察隊が出たり入ったりしている。うまく入れば、秋には鳥肌が立つほどおいしい蜂蜜を食べさせてくれる。

 

 

 

 トリ小屋には卵を産まなくなっためんどり1羽とオスの烏骨鶏1羽がいる。若いヒナを入れなければ。

 

 トリ小屋の脇に生えているビワの木には、今年はたわわに実がついている。6月、熟すのが楽しみだ。

 

 去年ヘチマが10本ほどなった畑には、3月中旬にインゲンの種を蒔いた。芽が出ないのであきらめていたが、4月10日、やっと芽吹いてくれた。こいつも日に日に大きくなっている。6月、実をつけ始めるだろう。インゲンの周りに白い花を咲かせているのは、ウシハコベだ。よく見ると、葉の小さいコハコベもある。ちょっと離れるとミドリハコベもある。わずか2m四方に3種類のハコベがあるってどういうこと? 環境に適応して種は分化したはずだが、3種は、ほとんど同じ環境に棲むように見える。土、日照などに微妙な違いがあるのだろうか?
 

 12年前、下田の事務所に移ったその年に木市で買ったハッサクの苗6本。玄関脇に元気に育って冬には100個と言わず食べさせてくれた。いま若葉の間にしっかりした花芽が見える。あと2週間で花を咲かせ、虫を呼ぶ。

 

 そんなこんなであっという間に、30分、1時間が過ぎてしまう。足元の移り変わりと新しい発見。自然がもたらしてくれる喜びに勝るものがあるだろうか。

 

 屋久島から送られてきた「愚角庵だより」に、山尾三省さんの「高校入学式」と題する詩が掲載されていた。

 

  島は 山桜の花が 満開である
  教師たちよ
  この百十八名の新入生の魂を
  あなた達の「教育」の犠牲にするな
  「望まれる社会人」に育て上げるな
  破滅へと向かう文明社会の
  歯車ともリーダーともするな(略)

 

 娘の進学に合わせて書いた詩だという。いま、この喜びの季節にそぐわない核戦争の危機が忍び寄り、核の大惨事を自ら招く原発再稼働の動きが続く。昔も今も問われるべきは、もちろん教師たちだけでなく、政治家や、マスコミ、この出版業界、あらゆる職業、生き方なのだと、あらためて思う。


還暦同窓会

 

 私は、徳之島の伊仙小学校を卒業した。高校の教員だった父親に連れられて、5年の時転校したのだ。
 この鹿児島にも、伊仙の子は10人ばかりいる。といっても立派なおっさんとおばさんなのだが。このところ、彼らと2カ月に1ぺんは会っている。還暦同窓会の打ち合わせだ。100人の同級生のうち、鹿児島に10人、大阪35人、東京10人、島に30人、あとは各地に点在、といったところか。

 

 この同窓会を霧島温泉ですることになり、鹿児島組が迎える係になった。宿までの送迎、宴会の出し物、観光コースと詰めるべきことは、けっこう多い。だが、飲みながらの打ち合わせは、ついつい子供の頃の話に脱線する。

 

 しょっちゅう私をつまみに来た正は、女の子たちにも意地悪で、嫌われ者だったことを初めて知った。
 良治はマッチ箱に便を入れる検便に、自分のが出なかったのか、犬の糞を入れて出した。だが、ばれてしまって、先生にこっぴどく叱られていた。この話はみんなよく覚えていた。
 5年の時「明日転校します、みんな今日までありがとう」と、泣きながら感動的な別れの挨拶をした繁子は、翌日も学校に出てきた。転校がとりやめになったらしい。6年の時には本当に転校したが、その時には挨拶もなく突然消えた。

 

 この前の集まりでは、島から鹿児島の高校にやってきた武の話題になった。暴れん坊の武は、高2のときバイク事故で死んでしまった。よう子は武のことがたいそう好きだったという。今でも忘れられない、とうっとりした顔で話す。

 

 中学の時のバレンタインでは、武のために心を込めてチョコを作った。いよいよ告白だ。恋心を誰かに話さずにはいられなかったよう子は、和子にチョコ作戦を漏らしてしまった。和子は、お節介にも「私が渡してあげる」とキューピット役を買って出た。
 バレンタインが終わって、ドキドキしながら和子に首尾を聞くと、あろうことかチョコは武に渡っていなかった。「弟が食べた」と言う。よう子のショックはいかほどだったか。告白のタイミングを逸してしまった。

 

 チョコが武に渡り、よう子とめでたくカップルになっていたら、武は鹿児島の高校には行かず、よう子と同じ島の高校に通っていたかもしれない。そうなれば、バイク事故にも遭わなかっただろう。ひょっとしたら、和子も武が好きだったのかもしれない。

 

 人は偶然に出会い、別れていく。偶然の積み重ねに今がある。その中で生じた他愛のない出来事の一つひとつが、それぞれにとって大切な宝物になっているのだと、改めて思う。

 


植物大図鑑

 

 84歳の植物研究家の本を作っている。南方新社、久々の大型企画である。


 今ではかなり高齢の彼がまだまだ若かったころ、45歳からコツコツと植物画を描き始めた。それは自分のためだったという。


 図鑑を見ても、似た種との区別点はなかなか分からない。せっかく専門家に聞いてもすぐ忘れてしまう。ならば、自分ですぐ分かるようにと、写真では見えない複雑な部分、小さいところ、細かな毛、薄い膜、透明な膜まで、自分で絵に描き込んでいった。まさに細密画だ。


 一つの形になったのは、描き始めてから7年後、52歳のとき。描きためた海辺の植物をまとめて出版した。日本の植物学の権威で、植物に少しでも関心のある人なら知らない人はいない故・初島住彦博士(鹿児島大学名誉教授)が、植物画を目にして絶賛した。

 

 「図鑑の写真は花や実にピントを合わせているので、花や実のない場合は分かりにくい。その点、線画のものが最も分かりやすい」「まことに喜びにたえない」と推薦文まで寄せてくれたのだ。

 それから32年。初島博士の言葉を励みに、84歳になるまで描いた植物細密画は1502種に達した。


 南方新社から何冊も植物図鑑や野草、薬草の本を出している川原勝征さんがこのことを知り、1冊にまとめて出すべきだと、ドサッと原稿を一式置いて行かれた。

 よし、出そう。即決した。


 図鑑や辞典は完全なものほどいい、というのが私の持論である。たとえば小学校の図書館。小学生相手だから、簡単な小学生向きの国語辞典や、小学生昆虫図鑑でいいと大抵の人は思う。実のところ、これはほとんど使い物にならない。大幅に間引いてあるから、調べようと思って探しても載っていないのだ。

 

 私は奄美・徳之島の伊仙小学校を卒業した。蝶を採集していたが、当時の日本の図鑑に載っていないものがほとんどだった。日本の図鑑は使い物にならないと子どもでも分かった。ところが、伊仙小学校の図書館には、何万円もする台湾蝶類図鑑があった。その図鑑には、島の蝶は残らず記載されていた。大人になってから、なんて素晴らしい図書の先生がいたのだ、と何回も振り返った。

 

 1502種。どの九州産植物図鑑よりも網羅性が高く、完全版といっていい。九州中のすべての小学校に置いてほしい。もちろん、小学校に限らず全図書館、全家庭に常備してほしい。図鑑は古くなることはない。半永久的に、ずっと最高の知恵袋であり続ける。
原稿を受け取ってから半年、まだ校正の途中である。刊行までにあと半年はかかる。

 

 3月1日から購入予約の受付を開始する。上下巻1400ページ、1万9440円を予約特価1万5120円。平田浩著『図解 九州の植物』上下巻だ。

 (呈カタログ・電話099-248-5455, info@nanpou.com 南方新社)

 

 

 

 

 



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鹿児島市の郊外にある民家を会社にした「自然を愛する」出版社。自然や環境、鹿児島、奄美の本を作っています。

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