4月、県議選

 

 長引きそうと思っていた蓄膿も、さらの悠ちゃんが教えてくれたドクダミ療法で、あっという間に完治した。ドクダミがなかったから、ツワの葉をもんで鼻に詰めていた。するとどうしたことか、その翌日、スーッと黄色い鼻汁が流れ出た。ティッシュで拭き取っても、後から後から流れてくる。

 噂に聞く蓄膿完治のサインだ。

 

 3月16日は串木野に出向いた。原発反対の木下かおりさんが、県議選に出るという。その事務所開きだ。
 何か喋れというので、串木野に関係のある話をした。

 

 皆さん、食べ物で串木野名産と言えばなんでしょうか。そう、つき揚げです。
 なぜつき揚げが名産になったかと言えば、魚が一杯獲れたから。川内川から流れ込む養分がプランクトンを育み、潮下に当たる寄田、土川、羽島、串木野に至る岩礁地帯は、それこそ豊饒の海だった。食べきれないほどの魚が獲れるものだから、余った魚や小魚をすり身にしたというわけ。

 

 ところが今、つき揚げの原料の9割が、ロシアのスケトウ。魚が獲れなくなったのだ。漁獲はかつての5分の1。

 串木野の魚が獲れなくなった理由は、串木野市民もほとんど知らないのだが、まぎれもなく川内原発のせいだ。

 

 川内原発は川内川と同じ流量を常時取水している。その取水口で一日3トンの次亜塩素酸ナトリウムを投入して、プランクトン、魚の稚魚、卵を皆殺しにしている。さらに温廃水としてその塩素も放水口から流している。原発から土川、羽島まで、ワカメ、ヒジキといった海藻は全滅だ。藻の生えない海に魚はいない。

 誰も知らない間に、死の海にされていたのだ。

 

 陸上も、串木野は風下だ。排気口から放出される放射能に晒されて、実際健康被害も生じている。まさに踏んだり蹴ったりの街である。

 

 嬉しいことに、原発の寿命は40年と決まった。川内1、2号機は今年で満35年と34年だ。あと5年で原発とはおさらばだ。そうなのだが、寿命の1年前までに20年延長申請ができるという例外規定がある。

 

 申請の時期は、次期県議の任期中だ。こう考えると、あと5年で終わるのか、20年延長を認めるかを決する、重要な県議選である。

 いちき串木野市の木下かおりさんは共産党で、その前に応援に行った薩摩川内市の遠嶋春日児さんは社民党だ。私は政党なんて関係ないのだが、気になることがある。遠嶋さんの会には共産党の顔が見えず、木下さんの事務所開きには社民党の姿がなかった。

 

 野党統一の時代である。原発廃炉に向けて、ぜひ手を結んでほしい。切なる願いだ。

 

原発による海の破壊を詳しく述べた『原発に侵される海』

(水口憲哉著、南方新社)

 


やる気なし!

 

 

 一昨日の午後、それまで何ともなかったのに、急に鼻水が流れ出し、目の下の頬の奥と、同じ側の上の歯が激しく痛み出した。熱も出てきたようだ。計ってみると37度1分、私にとっては高熱だ。

 鈍痛の中で、すっかりやる気は萎え、何もする気が起こらない。最近、相次いで60代の知人が亡くなったが、死ぬときはこんな感じかな、と思った。


 残された人が苦労しないように、ちゃんと整理して死んだ方がいい、と聞いたことがある。大抵の人が突然死んでしまうから、残された人が苦労するらしい。ここもよく分からない。整理するのが面倒なら放っておいてもいいではないか。

 

 死んだ後の話だけど、火葬場ですっからかんに焼かれるより、山の中で朽ち、小動物や昆虫の餌になった方が世の命のためになる、なんてことも思った。畑でも、草刈りの後によく草を燃やしているけど、有機物はすべて灰(炭素)になって空中に飛散していく。畑で腐らせれば立派な肥料になるのにね。

 

 しかし考えてみれば、いつ死ぬか分からないのに、世の大半の人があくせく働いているのは不思議な話だ。確かに若いころ、死にリアリティはあまりなかった。だが、62歳になった。すぐ隣にいる。

 

 いま、3月納品の本が7冊立て込んでいる。大学関係だ。3月が年度末だから、それまでに仕上げなければ困るらしい。知り合いに話したら、南方新社も、年度末に急に公共工事で忙しくなるのは土建屋と一緒だと感心された。


 それはともかく、3月に刊行するなら11月中には原稿を出して下さいね、なんてお願いしていたが、そこはわが道を行く教授様たち。12月に1本入ったっきり。あとは全部1月、酷い1本は2月になってから入る始末。催促しなかったのが悪いんだろうが、こちらもすっかり忘れていた。

 

 その手に限って無慈悲な校正が入る。挿入してある英文字がイタリックとそうでないものが混在しているから、すべてイタリックでないものにしてくれと、注文が入ったりする。これは、自分でいちいちチェックするのが面倒だから、全ページ細かく見てね、ということだ。

 一瞬頭に血が上り、えいっと校正紙を放り投げてしまった。

 痛みに耐えきれず、昨日草牟田の飯田耳鼻科に走ったら、案の定、蓄膿だ。こいつは長引きそうだ。

 

 来た仕事は断らないのが南方新社の流儀だ。そうである限り、のんびり仕事ができる日は来そうにない。いつ死ぬか分からないのに、ね。


穏やかな営み

 

 この下田の事務所に引っ越してきたのは2005年だから、もう13年にもなる。

 

 400坪近い敷地に大喜びして、すぐさま甲突川べりの木市に、ミカン類の苗を買いに走った。どれも1本2000円。八朔の苗を5本買ったら、1本おまけしてくれたのを思い出す。

 

 その八朔も今では根元の直径が20cmくらいに成長して、たわわに実を実らせている。全部合わせて200個は下らない。1個50円とすると全部で1万円になる。すっかり元は取った。しかも、何にも手をかけることなく毎年実を付けてくれる。ありがたい限りだ。
 秋口から色着くのだが、やっぱり年を越さないと甘くならない。

 

 先日、出版の打ち合わせに来た著者などは、袋一杯収穫して行った。それでもまだ鈴なりだ。もちろん無農薬だから、皮はマーマレードが作れるよと、同行の奥様に話したら、とたんに目がキラキラしはじめた。いかにも嬉しそうだ。

 

八朔が鈴なり

 

 焼酎飲みには、小ぶりなスダチがいい。半分に切って焼酎に絞れば、二日酔いはしない。スダチ焼酎を飲むとき思い出すのは、民俗学者の下野敏見さんと、しこたま飲んだこと。これも10個ほど分けてあげた。

 

 スダチの根元に、フキノトウがいい具合に膨らんでいるのを発見。天婦羅にすれば最高だ。天婦羅、天婦羅、と口ずさみながらフキノトウ探しが始まった。これも、10個ほど持って帰ってもらった。

 

フキノトウ発見

 

 下田に来て2年目に建てたトリ小屋は傾いているけど健在だ。6月に農協から仕入れたオス1羽、メス12羽は、全部順調に大人になっている。台風で吹き飛んだ屋根のタキロンも、すぐに修繕してあげた。いまでは、毎日卵を10個は産んでくれる。


 ついでにトリ小屋を覗いたら5個産みたてがあったので、これもプレゼント。有精卵だ!と感動してくれた。37度で18日保温すればヒヨコが生まれるよと伝えたが、もうお腹の中だろう。

 

オスはメスが餌を食べるのを見守る

 

 今年は暖冬だと言うけれど、季節はめぐり、約束通りミカンは実っている。ニワトリは卵を産んでくれる。小社創業の1994年に比べると、出版の市場規模は半分になったという。確かにうちの会社も、売り上げはだんだん落ちてきて、かつての半分くらいになってしまった。

 

 だからどうした。
 ミカンは実り、フキノトウは芽吹き、ニワトリは卵を産んでいる。客人は取り放題だ。この穏やかな営みの中で仕事ができている。これを幸せと呼ばず、なんと言おうか。



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鹿児島市の郊外にある民家を会社にした「自然を愛する」出版社。自然や環境、鹿児島、奄美の本を作っています。

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