驚きの車列

 

 夜の10時過ぎ、中央駅前の大通り片側3車線の歩道側の車線は停車中の車が数珠つなぎだ。何だ、これは!
 どこぞの店の大売り出しかと思ったが、こんな夜中にそれはない。変なの、とやり過ごしたが、そこを通るたびに、いつも数珠つなぎの車だ。
 後になって、謎が解けた。学習塾帰りの子を待つ親たちの群れだった。
 注意して見ると、大手の学習塾の周辺では、それこそ何百メートルもの車列ができるが、小規模の塾でも、終わりの時間前には、ちゃんと車の列ができている。
 かわいそうな子供たち。勉強の好きな子なんて、千人に一人もいないに違いない。それなのに学校が終わって、ふー、と息つく間もなく、今度は塾で勉強だ。こんな牢獄のような暮らしで、おかしくならない方が変だ。
 子供たちの不登校が激増していると聞くが無理もない。むしろ嫌なことを嫌と反応するから、まともとも思う。
 私たちの頃は、4、50年前にもなるけど、塾なんてそもそもなかった。どの家庭も余分なお金はなかっただろうし、ちゃんと予習、復習する子がいたら、「やーい、ガリベン」なんて囃し立てられたものだ。だから、もし塾があったとしても、誰もいかないから、すぐに潰れたに違いない。

 勉強ばかりすれば、確かに成績は上がるだろう。かくして、高校、大学はガリベンだらけの、牢獄を牢獄とも思わない子供たちで埋め尽くされていく。高校、大学はそれでもいいかもしれない。
 だが、それを過ぎ、社会に出れば、数学、物理とか世界史とかほとんど無縁の世界だ。大半が日本人相手の仕事だから、英語すらも関係ない。
 だとすれば、それまで苦労したことは20歳過ぎてからの長い人生の中で何の役にも立たないことになる。親もそれは知っているはずだ。役に立たないと分かっていることを、皆で一生懸命、大まじめにやる。原発の避難訓練と一緒で、マンガというほかない。
 あるとすれば、耐える力、か。何も考えず、嫌なことを何時間でも何日でも、何年でもやる。いやいや。これじゃ役に立つどころか、よりよい奴隷のための長期育成システムだ。
 その昔、勉強は長距離走と似ていると思った。どちらも嫌なことだから、集中して、できるだけ短時間で終わらせる。ずっとやり続けるなんて、我慢できないからね。
 いずれにしろ、子供たちがこんなんじゃ、この先ろくな世の中にならないことだけは確かだ。
 南方新社の本でも読んでくれれば、それだけ周りの世界が彩り豊かに広がってくるんだけどなあ。


大雨とスッポン

 

 7月3日、朝から降り続く大雨だ。鹿児島市は全戸59万人に避難指示を出し、県内では100万人を超えた。
 市内の小中学校と幾つかの高校は休校となって、早々と翌4日の休みも決めた。ついでに、南方新社も明日は休みにしようと言うと、スタッフからたいそう喜ばれた。
 6時きっかりに帰るスタッフをしり目に、だらだらと仕事をしていると、この大雨の最中、橋口さんからの電話だ。下田、川上で何ヘクタールもの田んぼをこさえる大農家だ。稲荷川の中流が溢れ、田んぼに泥水が流れ込んでいるというニュースが流れていた。咄嗟に、応援要請かと身構えたが、何のことはない。「大きいスッポンが獲れたから、食べるならあげるよ」と来た。川に棲むスッポンが、田んぼに迷い込んだようだ。
 大喜びで貰い受ける返事をした。
 翌朝、雨は大したことはない。市電も市バスも通常通り運行している。学校以外に休みにしていたのは、南方新社だけだったかもしれない。
 まあいいや、とにかく休みだ、と布団に潜り込むと、町内会長からの電話。私の田んぼが大変なことになっているという。
 こりゃ、一大事。小雨の降る中バイクを飛ばし早速駆けつけた。崖が崩れ、田んぼに木々が雪崩れ込んでいる。幸い土砂はあんまり入っていない。アイガモ逃走防止のネットが押し倒され、カモたちはどこかへ消えている。
 でも大丈夫。「オーイ」と声を上げると、ガーガー、ガーガーと大喜びで、どこからともなく走り寄ってきた。と言っても私に懐いているのではなく、「オーイ」の後に撒かれる餌に懐いているのだ。
 ともかく、この日、谷にはチェンソーの音が響き渡り、木々の処理とネットの張り替えで一日が終わった。

 


 大汗をかいた肉体労働の疲れを取るにはスッポン鍋だ。いそいそと橋口さんちへスッポン貰いに出向いた。2キロはある大物だ。会社に戻り、2、3日は泥を吐かした方がよかろうと、唾を飲みながら、発泡スチロールの箱に入れた。逃げたらかなわんと、ふたの上にブロックまで載せておいた。
 翌朝、会社に行くと、ふたが開いているではないか。ブロックも横に転がっている。逃げたのだ。慌てて草むらを捜したが、いない。何人か横一列になって捜す山狩りでもしなければ発見は無理だろう。かくしてスッポン鍋はあっけなく霧消した。
 でも、スッポンとて命懸け。必死にふたをこじ開けたのだ。今頃どこかの水辺にたどり着いているだろう。スッポンの身になれば、自由を取り戻せて、万歳!だ。

 

 

 


シーガン獲り

 

 6年前に出した『海辺を食べる図鑑』は、いまだに好調な売れ行きを見せている。海辺の貝、海草、魚はもちろん、ウニ、ヤドカリ、ナマコ、カニまで136種類の獲り方、食べ方を紹介する本だ。136種といっても、まだまだ未掲載の種類も多い。

 

 釣り好きの友人から、ハゼが未掲載なのは残念だという電話があった。ハゼは鹿児島ではあまり見ないが、宮崎以北では普通にいて人気の魚だ。こいつは昨年、本の営業がてら大淀川で竿を出してものにした。

 

 奄美、沖縄では普通に釣れるモンガラカワハギの仲間も載っていなかった。皮が分厚く硬いため、包丁では歯が立たない。料理バサミで肛門から皮を切れば大丈夫。食べ方を知らず、ポイする人もいる。もったいない。これも、料理法を含め何種か写真に収めた。
 こんなふうに刊行後もどんどん追加しているから、もう300種ほどにもなったろうか。


 だが、もう一つ、絶対載せたいものが手つかずで残っていた。シーガンだ。奄美、沖縄ではずっと昔から食べられてきたから外すわけにはいかない。シーはサンゴ礁を指す。ガンはカニだ。サンゴ礁のリーフの先端、波の当たる際にいる。

 

 いつでも獲れるわけではない。潮が大きく干上がる大潮の干潮でなければ、奴らの住処までたどり着けない。しかも、6月の梅雨時の産卵前が最高にうまい。となれば、一年の内にチャンスは6月の2度の大潮のときだけ。潮見表で確認したら6月5日水曜日が大潮だ。平日だけど船中2泊を含めて3泊の奄美行きを決行した。 

 

 干潮は午後2時。1時過ぎに北大島の目当ての海岸に着き、リーフの先端を目指す。潮が引いているので先端まではかなりの距離だ。それでも、気がはやるもんだから岩の上をピョンピョン跳ねていく。

 

 

 

 波の打ち上がる先端に着いた。目指すシーガンは穴の中に潜んでいるから、タコの切り身を棒の先に結び付け、それでおびき出す。
ホレ、ホレと、穴にタコを突っ込んでいく。おっ、動かない。カニが爪でタコの身を引っ張っているのだ。穴の中のカニは獲れない。穴の入口から10僂らい離してタコを躍らせ穴の外へおびき出す。ほら出てきた。すかさず手でゲット。こんな具合で次々にクーラーボックスに収まったカニは、およそ50匹になった。

 

 

 

 

 

 

 潮が上がるまでの2時間、十分遊んだ。だが、海には誰もいない。平日に海で遊ぶ暇人は島にいないのか。それとも、食べ物はお金で買う時代、シーガン獲りは見向きもされなくなったのだろうか。

 

 

 

 

 

すり鉢で潰して、茹でて出汁をとる。

出汁は味噌汁、天津飯の甘酢ダレほか、濃厚なカニの風味が楽しめます。

 

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鹿児島市の郊外にある民家を会社にした「自然を愛する」出版社。自然や環境、鹿児島、奄美の本を作っています。

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