言うのをやめる

 

 昨年秋のことだったか、高校の同窓会があった。終わってから、気の合う4人で2次会に行った。

 

 ふとしたことで、北朝鮮の話になった。一人が、どうしようもない狂った国だから戦争してやっつけなくてはならないと言い始めた。中国も、やっつけろと言う。黙っていられなくて、戦争でひどい目にあうのは、北朝鮮や中国の一般庶民、そしてあんたの子供や孫、親戚を含む日本の一般庶民だ、と反論した。

 

 ところが、残る二人も戦争推進論に味方した。3対1だ。最初は中立を保っていたママさんも敵方に加わり、4対1になってしまった。持ち時間も4対1になるからどうにもならない。結局、こちらから言うのをやめて話題を変えた。後味が悪いのなんの。


 アメリカのジョンズ・ホプキンス大学の北朝鮮分析サイトが、米朝戦争で東京が核攻撃を受けたら200万人死ぬと発表した。技術の劣る北朝鮮のミサイルが川内原発に当たるはずはないと楽観する人もいる。だが、核兵器は上空600〜1000メートルで炸裂し、半径数キロないし十数キロを一瞬にして破壊する。ということは、原子炉を直撃せずとも数キロ〜十数キロの誤差で、楽々と原発を爆発できるのだ。中国の軍事予算は、来年度も日本の3.5倍と決定している。

 

 こう書いたが、勝ち負けの話ではない。双方ともに膨大な死者が出ることを先ず想定すべきだと言いたいのだ。

 

 昭和8年、太平洋戦争突入直前、『関東防空大演習を嗤う』と書いたのは、信濃毎日新聞主筆、桐生悠々氏である。
 「国民は挙げて、若しもこれが実戦であったならば、その損害の甚大にして、しかもその惨状の言語に絶したことを、予想し、痛感したであろう。というよりも、こうした実戦が、将来決してあってはならないこと、またあらしめてはならないことを痛感したであろう。……従ってかかる架空的なる演習を行っても、実際には、さほど役立たないだろうことを想像するものである。……如何に冷静なれ、沈着なれと言い聞かせても、……逃げ惑う市民の狼狽目に見るが如く、……そこに阿鼻叫喚の一大修羅場を演じ」

 

 起こるべき未来図をこうもはっきり書く新聞は、今では見られない。

 

 そういえば、毎年、数千人を動員し、何億円もの費用をかけて、川内原発の防災訓練(避難訓練)が実施されている。何の役にも立たないと、多くの人が見抜いているのに、新聞・テレビで、そう報道されることはない。

 

 これじゃ、まるで裸の王様だ。笑うほかないことは、大声で笑えばいいのにね。『川内原発防災訓練を嗤う』の記事、出ませんかね。

 


屋台村は嫌いだ

 

 中央駅あたりの裏道を歩いていたら、ふと木造の軒(のき)が目に入った。新しいのに、無理して焦げ茶色に塗ってある。
 一瞬の間をおいて、そこが屋台村の裏口だと気が付いた。「かごっま ふるさと屋台村」だ。そして、同時に、長い間の疑問が氷解したのだった。

 

 疑問というのは、中央駅周辺にはしょっちゅう飲みに行くのに、屋台村だけはなぜか足が向かないということだ。「絶対、行くもんか」という気さえしていた。
 新しい木材に、わざわざ焦げ茶色のペンキを塗って古めかしくしてある。ここに象徴されるような、あざとさが鼻についていたのだ。

 

 飲みに行くのは、別に美味しいものとか、美味しい焼酎が欲しいからというわけではない。疲れた体を癒すためだ。そこには安心して飲める雰囲気が必要だ。
 「屋台」という名前は安心感を醸すのに十分だ。きっと何年も何十年も風雪に耐えながら店を続けてきたのだろう、長く続けてきた店なら大丈夫、という先入観を取り込んでいく。ところがこの屋台村は、古いどころか2012年に開店したばかり。おまけに2、3年で店を入れ替えてしまう。2020年末までと終わりも決まっている。初めから、馴染みの客を作って安心させよう、なんて気はさらさらないのだ。

 

 通常「屋台」は水回りもなく、冷暖房もない悪条件の下で営業する。その分、好条件の店よりオヤジは見えない努力をしている。その心意気も「屋台」にひかれる理由の一つだ。
 きちんと区画された場所に、審査され、合格して入る店とは気合の入り方が違う。この誰かに審査されて入居するという屋台村の構図も、なんだか嫌いだ。

 

 多くの屋台がひしめく福岡では、何年か前、歩道が歩きにくいという苦情が絶えないことから「屋台」を規制する動きがあった。もちろんオヤジたちは猛反対に打って出た。今でも、役所との綱引きが続いているようだが、通行できなければ客も来ないわけだから、特に問題にするほどのことはなかった。警察の道路占有許可なんて誰も取らなかったが、それが気に入らなかったのだろうともいわれている。

 

 もともと歩道は誰のものでもない。勝手に歩き、立ち話をし、座り込んで歌を歌い、店を開けばいい。
 飲み食いは人間の本能的な行為だ。そこに、規制やれ審査やれ許可やれ期限なんてものは似合わない。

 

 行ったこともないのに御託を並べたが、あそこが屋台村なんて名前じゃなかったら行ったかも。でも、屋台村なんて名前は、本物の「屋台」のオヤジに、ちょっと御無礼様(ごぶれさあ)じゃないですかね。


西郷ドン万歳大会

 

 街は西郷ドンで溢れている。クリスマスとともに中央駅近くの高見橋に電飾付きの変なオブジェができた。よく見たら明治維新150年とある。西郷ドンの妙なイラストを今年一年見なければならないのか。やれやれ。

 

 市立病院跡地に大河ドラマ館ができたのはいいとしても、指宿や南大隅まで西郷さあ展示館ができている。
 自治体が少しでも観光客を呼び込もうと流行りにあやかり、商売人が少しでも売り上げを伸ばそうと西郷ドン商品を作るのは当然のことだろう。

 

 だが、調子が狂うのは、テレビや新聞などの報道機関がこの流れを、諸手を挙げて後押ししているように見えることだ。正月が明けて、この1月の下旬まで、地元新聞に「西郷ドン」の記事が途切れることはない。三つも四つも連なっていることさえあった。

 

 150年の節目の年だ。しかも大河ドラマもある。この年に、維新そのものや重要人物を検証するのは大いに結構なことだ。だが、検証することと無批判に追従することは別だ。
 官と民、報道も加えた、こうも翼賛的な、西郷ドン万歳大会が展開されると、私は気持ち悪くてしょうがないのだ。かつての世界大戦突入時にも、きっとこの翼賛的な熱狂ぶりがあったのだろうと思う。

 

 辟易していたところに、一文が目に留まった。文芸春秋2月号のコラムである。西郷を総大将に鹿児島士族が一丸となって決起したように思われている西南戦争だが、そうではなかった。「西南戦争に反対した鹿児島士族」というタイトルが付されたそこには、川内育ちの田中直哉が登場する。

 

 戦争になれば、政府軍の主力を占める鹿児島出身の人間と、薩摩軍が同士討ちすることになる。多くの犠牲は避けられない。何とか戦争を避けられないかと帰郷し、私学校党に与しないように説得して回った。だが、田中は、警視庁から派遣されていた本物の密偵らとともに「密偵」として捕らえられ、西郷暗殺の意図ありと捏造された供述書に、無理やり母印を押されてしまう。この架空の暗殺計画が西南戦争を引き起こす口実となったわけだ。

 

 コラムは慶応大学の小川原正道教授によるものだが、純心女子大学の尾曲巧教授の論文「田中直哉」『新薩摩学9』(南方新社)からの引用があった。おっ、南方新社だ。論文を読み返して改めて尾曲氏の冷静な視点に舌を巻いた。曰く、
 「西郷は鹿児島で軍事政権化、士族支配体制を復活し、中央政権を打倒したのち、鹿児島同様の士族支配体制を全国展開しようと意図していた」
 おー、くわばら、くわばら。北朝鮮もびっくり。歴史への見事な逆行だ。

 


尾曲巧氏の論文「田中直哉」を収録する『新薩摩学9 知られざる近代の諸相』

 


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