イノシシ日記
3週間前の月曜日、2月27日、あろうことか会社にイノシシが現れた。発見したスタッフが「鶏小屋の前にいる……」と脅えた声で言った。
会社の代表たるもの、見過ごせない。棒を持って追い払うことにした。「こらっ」と声を上げながら棒であちこち叩きながら近づくと、ちょっと逃げる。まだ子供だ。人間でいえば中学1年、体重は30キロくらいか。
でも、居つかれたら困る。人間は恐ろしいものだと印象付けねばならない。小屋の裏手の山に追い込み、隣の竹林まで追い回した。「こらーっ」「こらーっ」。石ころも投げた。
子供とはいえ、さすがに速い。野山を駆け回っているから足腰は鍛えられている。オリンピックに出場したら金メダル間違いない。
すっかり追い払ったつもりでいたが、翌火曜日、また鶏小屋の前に来た。1メートルくらいに近づいても逃げる素振りはない。警戒しながら土を掘り返している。人間に大怪我をさせる牙もまだない。でも、鶏の餌当番の女性は怖がって近づかない。仕方ないから私が餌当番だ。
水曜日もまだいる。定期の集金に寄った銀行員が、遂にイノシシまで飼うようになったんですねと言う。玄関前の雨水を溜めるタライの水を飲んでいたらしい。南方新社は鶏やアイガモ、ミツバチまで飼っているからネ。可愛いだろう、と言うと、放し飼いをすっかり信じた。
木曜日の朝は、鶏小屋の横の林の中で、腹ばいになって寝ていた。「おーい」と声をかけると、片目を開けて、またつぶった。寝顔も可愛い。すっかり煩悩がついた。
金曜日には「チビ」と名前を付けた。だけど、チビと呼んでも自分のこととは思わず、穴掘りに夢中になっていた。
1週間居ついたチビだが、翌週の月曜日には姿を消した。旅に出たようだ。
会社の下には七窪水源地があり、森が守られている。2年前からこの谷にイノシシが住み着いた。農家に頼まれた猟師が、何頭か仕留めたとも聞いていた。去年の12月の夜、谷を車で走っていたら、子供のイノシシが3頭道を歩いていた。子供だけだったから、親は漁師にやられたのだろう。
年が明けると、谷から上がって来たのか、会社の近所でもイノシシが穴を掘った跡が頻出していた。最近では、子供のイノシシ2頭が罠にかかったと近所の爺さんに聞いていた。
となると、チビは親兄弟を全部失って一人ぼっちなのだろう。姿を消してから、毎日出勤するとチビ、チビと声をかけ、捜すのが日課になった。
どこにいるのか、チビ。
人間から逃げおおせておくれ。元気でいろよー。
2023年3月1日。会社の中庭を散歩するチビ。
この庭では、10数年前ジャニーズの手越祐也が訪れ、ポカリの兄弟、メッツという飲料のCM撮影が行われた。