カニ捕り紀行

 

 7月、奄美博物館の館長が出版の打ち合わせで事務所に来た。
 ひょんなことから、ミナミスナホリガニなるものがいて、奄美の人は食べているという話が出た。
 ナヌ!食べる?生き物食いのプロを自認する『海辺を食べる図鑑』の著者としては聞き捨てならぬ情報だ。この本の続巻も準備中だ。これは、捕りに行かねばならぬ!
 ところで、スナホリガニ、知らないよね。吹上浜で貝掘りしていて、爪の先くらいの生き物がサッと砂に潜るのを見たことがあるかもしれない。こいつは、九州以北にいるハマスナホリガニ。1cm内外の大きさだ。
 まずは、ミナミを捕る予行演習にハマ捕りに行くことにした。
 お盆の墓参りに小学生の甥と姪に会った。ちょうどいい。カニ捕りに行くかと聞いたら、「行く行く」ときた。吹上浜に出て、1匹10円だよ、と言うと元気よく波打ち際に走った。
 捕り方はこうだ。干潮の波打ち際のひざ程度の深さの砂を、魚捕り用の網ですくう。波に当てると細かい砂は出ていくのでハマスナホリガニが残る。30分足らずで、30匹ほど捕れた。
 持ち帰って素揚げにしたらまるでエビセンだ。腹の足しにはならないが、焼酎のアテにはもってこいだ。こりゃ、旨い。

 

 

1匹10円でよく働いた姪

1匹10円でよく働いた姪  

 

ハマスナホリガニ

 ハマスナホリガニ

 

 奄美以南の海辺にいるミナミスナホリガニは体長4cm。ハマの4倍だ。体積(重量)は4の3乗だから64倍。十分に食べがいがある。
 10月2日大潮の日に、奄美行きを決めた。もちろん、博物館の原稿受け取りという「仕事」のおまけだ。ところが直前に、「原稿ができていない」という連絡。ほかにもいろいろ予定を入れたので今さら変更するわけにもいかない。結局、カニ捕りが第一の目的になってしまった。
 フェリーにバイクを載せて、いざ奄美へ。目的地は大和村大棚の砂浜。13時、干潮。11時から開始した。
 第一の誤算は、奄美の砂の粒径が大きく波に当てても網から砂が出ていかないこと。掘った砂を上まで運んでばら撒かざるをえない。第二の誤算はいないこと。何回砂を運んでも、いない。20回も掘れば息が上がる。捕れなきゃ何のために来たのか。21回目、やっと1匹ひっくり返った。これぞ、ミナミ。やったー。捕ったぞー。
 1匹いたら、もう1匹いる。自分を励ましながら、延々と砂掘りが続いた。10月とはいえ、炎天下。およそ2時間、300回、2トンは掘っただろうか。
 疲れ果て、何度も砂の上に寝転んだ。結局、収穫13匹。死んだら殉職になるだろうか、なんて思いながら、なんとか第一の目的を達成した。

 

 

大棚の砂浜

大棚の砂浜   

     

 ミナミスナホリガニ

 

抜群の素揚げ   

 

これも旨い塩茹で

 

 


すぐに手を引け!

 

 鹿児島の薩摩半島の西海岸には、日本三大砂丘といわれる吹上浜が、南北40kmにわたって連なっている。
 私は、教員の父について10歳まで吹上浜北部に位置する市来で暮らした。
 浜辺でキサゴの貝殻を拾い、指の間に挟んで笛にした。その笛は、松林で陣取りをするときに、味方への合図に使った。
 潮が満ちてくると波打ち際に砂で城を作った。どれだけ大きく作っても、波で少しずつ砕け、すぐ後ろにまた別な城を作ることになる。飽きることなく、波と砂で遊んだ。
 日が沈むときは、ひときわ大きく輝く太陽が眩しかった。海の向こうには甑島が横たわり、その向こうは果てしない海だ。
 流れ着いたガラス瓶を流木の上に並べ、西武のガンマンよろしく石を投げ命中を競ったこともある。割れたガラスでしょっちゅう足を切ったのも自業自得だ。
 母は、波に寄せられてすぐ砂に潜るナミノコガイ採りがめっぽう好きだった。潜り切れず、砂に立ったやつを波をよけながら拾っていく。ナンゲと呼ぶその貝は、30分もすれば、袋一杯になった。
 そういえば、母の弟は、50歳の時吹上浜沖にタコ採りに行ったまま帰ってこなかった。舟が壊れ、遭難したのだ。
 父は、梅雨が明けるとキス釣りだ。干潮の川口でゴカイを掘り、潮が満ちてくると岸に寄ってくるキスを狙う。盛期には浜辺に数メートルおきに釣り人が並び、それでも、2、3時間で100匹はものにしていた。このキスも原発のせいでほとんど消えてしまったけれど。
 父の出は日吉町、母の出は吹上町、いずれも吹上浜沿いだ。いうなれば、私は、先祖代々ずっと吹上浜を見て暮らしたその末裔だ。
 こんな話を並べたてたのも、今吹上浜に大問題が起きているのだ。吹上浜沖の洋上巨大風車群の建設計画だ。
 この計画を報じた南日本新聞には、記事の最後に「住民の不安をどう払しょくするか」と書いてあった。何の問題もないけど、無知な住民にきちんと説明しましょうネ、という意味だ。
 景観破壊が言われる。だが、海を見ながら育った身からすると、景観などという生やさしいものではない。海とともにあった先祖を含めて私たちの過去が汚され、消されようとしている。例えるならば、どの墓も花を絶やすことのない墓地で、突然墓石がなぎ倒され、糞尿を掛けられるようなものだ。
 馬鹿なことから今すぐ手を引け!体の底から憤りが湧き上がってくる。


幻の怪魚

 

 9月7日、坊津へ釣りに行った。
 鹿児島にUターンする前に勤めていた会社で、30年程前に一時名古屋支社にいたことがある。その時に世話になった取引先の知人が、なぜか、縁もゆかりもない坊津で民宿を始めたのだ。屋号は「夕焼け」。2012年の知事選の折にも、はるばる名古屋から応援に来てくれた。実に気のいい人間だ。
 おまけに、小学6年の息子は、目の前の海で腕の太さほどのマゴチを何本も釣り上げているという。行かぬわけにはいかない。
 マゴチは先ず小魚を釣って、それを餌にして置き竿で待つ。狙いをマゴチに据え、竿を4本抱えていそいそと坊津へ向かった。
 3時過ぎ、宿に着くと、休む間もなく海へ。小物釣りの道具で先ず小魚を狙う。釣れる、釣れる。スズメダイ、オヤビッチャ、フエダイの子供も何種類かかかった。まずまずのイスズミもゲットだ。でも、大物釣りの餌には大きすぎる。
 そのうち知人が、小アジ釣りのサビキ仕掛けを持ってやってきた。かかった小アジを餌にして海に放り込んでおく。小6の息子も放り込む。何の変化もないまま、私の小魚釣りが続いた。
 と、突然、息子の竿が曲がった。大物だ。ぐんぐん引かれ懸命にこらえている。バキッ、竿が折れた。あー、もったいない。
 見ると、私の置き竿も、竿先がグーッと海に突っ込んでいる。慌てて竿を取ろうとしたが、ブツッ、音を立てて糸が切れてしまった。5号の糸だから、そこそこの大物には耐えるはずだが、ものの数秒で切られてしまった。
 時計を見ると5時過ぎ、夕まづめだ。魚の釣り時は、朝と夕のまづめ時。これは釣り人の間では広く知られた定石だ。太陽と水平線の間が詰まるから間詰というらしい。
 朝は植物プランクトンが太陽の光を求めて浮き上がり、夕方は夜行性のプランクトンが活動を始める。それを待ってましたとばかりに小魚が大喜びで群れ食べ、この小魚を目指して大物が回ってくる。
 その後も立て続けに3回ほど大物がかかったが、糸が耐え切れず、結局姿は見れずじまい。
 逃げた魚は大きいというが、紛れもない大物だった。しかも、引き方の違う何種類かがいた。いまでも、ブツッと糸が切れた瞬間の映像がはっきり目に焼き付いている。
 今度は10号の糸に、腰の強い竿を持って行こう。坊津の海にゆっくり回ってきた怪魚の顔を見るまでは、どうも落ち着けない。
 それにしても、人間を相手にするより魚相手の方がずっと面白い。

 

イトフエフキキュウセンフエダイ

イトフエフキ                                  キュウセンフエダイ

 



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鹿児島市の郊外にある民家を会社にした「自然を愛する」出版社。自然や環境、鹿児島、奄美の本を作っています。

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