ややこしくなった知事選


 7月の知事選に、反原発候補を立てたいと、この間、市民運動および政党関係者が何回も会合(「実現する会」)を重ねてきた。  
 私は8年前の知事選挙に立候補して、20万518票の得票を得たが落選した。再び選挙に出るということは、会社を閉じることと同じである。自分が出ないのに誰かに頼んで出てもらうなど不謹慎だと思い、その会からは距離を置いていた。
 その「実現する会」に、横山富美子さんが、「少数票でいいから、原発のこと、九条の理念に照らしてみた軍事基地のことをきちんと伝えたい」と声を上げていることは耳にしていた。
 だが、会では元テレビアナウンサーのA氏と先に交渉していた。難航していた理由は、A氏の「県の経済を再建した伊藤祐一郎前知事を尊敬する」「川内原発1.2号機は古いのでダメだけど、新しい3号機増設はいい」という交渉時の発言。三反園の二の舞じゃないかと不安の声が上がる。だが、運動の分裂を避けようと、最終的にはA氏に決まった。その連絡を受けたA氏は、連絡の約束の時間が数分遅れたことから、辞退の申し出。私はこの最終の会議に要請がありオブザーバー参加していたが、ただ、事態の展開に息をのむばかりだった。
 一方、横山さんの方は、高齢のためか擁立はならず、候補者なしで解散となった。
 私は、横山さんが福島原発事故以降、3年間、月1回、東北地方で無料検診をされたこと、黙殺されようとしている放射能の影響を把握するため、東北と鹿児島の比較調査する疫学調査を開始されたことを知っていた。この献身的な無償の努力に、密かに敬愛していた。
 A氏の出馬辞退と「実現する会」の解散を受けて、信頼できる何人かに、横山さんの気持ちを無駄にできない、と声をかけた。その4日後の6月7日(日曜日)、「横山医師を知事にする1万人の会」が、80人以上の参加で産声を上げた。で、言い出しっぺの私は、後援会長!
 横山さんは、信念の人である。湾岸戦争後、国際紛争の解決の手段を国連が持つべきだと「世界医師の会」を自ら組織し、署名を携え、単身国連に乗り込んだ話も最近聞いた。憲法九条を7カ国語に翻訳し、世界中に広める活動もした。知れば知るほど横山さんのすごさを思い知る。
  発足会でのあいさつで、横山さんは、今回の知事選に誰も出なかったら、一人で出るつもりだったと述べられた。
 翌8日(月曜日)、出馬表明の記者会見。
 だが突然、新たな展開が起きる。辞退したはずのA氏が、二日後の10日、出馬表明。ビックリだ。前回、三反園を一生懸命推していた人が担いでいた。うーむ……。
 で、A氏マニュフェスト。馬毛島軍事基地反対、1、2号機運転延長反対、3号機は白紙撤回ではなく「3号機増設は、県民の理解が得られない今、やるべきではありません」とやっぱり留保付きだが、一応反対。
 候補者の中身はまるで違うんだけど、有権者には同じに見えるかもね。また辞退してくれないかなー。これは独り言。

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