2012.7.20〜2012.12.18

 2012.12.18 初冬の彩り

 先週、鹿児島にも初霜が降りた。
 バイク通勤の私は、田んぼ沿いの道を走って会社に通っている。田んぼや畦が真っ白に染まるこの季節は、なんともすがすがしい。陽の差すところからは、白い蒸気が舞い上がっている。
 バイクを停めて畦を覗くと、スギナの細い葉っぱを幾粒もの小さな氷がびっしりと覆っている。宝石のようにキラキラ輝いて、それは美しい。夜露がそのまま凍ったのだろうか。
 少し走ると、タヒバリがピーッと鳴いて慌てて飛び去っていく。山道に入ると、こんどはシロハラが両側だけ白い尾っぽを見せて、林の中にバタバタと消えていった。毎年決まってこの時期を賑わしてくれる鳥たちが、今年も忘れずに来てくれた。
 椎の木の常緑の森をふちどるのは、イヌビアの黄色い葉っぱ。シラス崖には、やはりアオモジの黄色がまるで花束のように明かりを灯す。赤いアクセントはハゼの葉っぱだ。
 この冬一番の寒さを更新する初冬の日々だが、よく目を凝らすと一年中で最も彩りの豊かな季節なのだと気が付く。
 1216日、衆院選の投票を終えて、田んぼに立った。借りている田んぼの畦の草刈りだ。
 一年間お世話になった田んぼだから正月前にきれいにしておかねば、おさまりが悪い。冬枯れの畦だからそう見苦しくもないのだが、ところどころに残るカヤの穂なんかをきれいに刈れば、さっぱりなる。
 草刈り機で刈りながら、モグラの穴や、畦の細くなったところもマークできる。来年の田植え前に修理しておかねば。
 世間は自民党大勝利で騒々しい。選挙前に続いた竹島、尖閣問題、北朝鮮のミサイル。なにやらCIAの謀略の匂いフンプンなのだが、人々はそんなことはお構いなしに、戦争好きな方になびいた。
 希望は、変な話だが投票率が低かったということ。決して大多数の人が、国防軍に熱狂しているわけではない、というのは救いである。
 今日、社屋の修理に来てくれた自民党支持の建設会社の社長が、「原発だけはいかん。私は責任のとれない仕事はしない。原発は後始末ができないし、責任も取れない」と語った。自民支持イコール原発推進でもないのだ。
 ともあれ、世間の騒ぎをよそに、落ち着いた気分で草刈りをしながら、正月を迎えるのも悪くない。
 次は会社の草刈り、墓掃除と門松作り、最後に鶏小屋にいるカモを絞めて、正月準備は完了する。

 2012.11.22 秋の月

 昨夜、1119日、仕事が一段落して帰ろうと事務所を出ると、庭の西側にそびえるタブの木の上に、きれいな三日月がオレンジ色に輝いていた。
 事務所のある下田町は天文館から車で15分なのだが、周りには田園地帯が広がる。その丘陵部にある事務所には街灯の光は届かない。
 星や月を仰ぎ見て帰るのが楽しみの一つになっている。外に出て、事務所の電灯を消せば一瞬の闇となる。しかし、目が慣れれば単車置き場までは何のことはない。少しの月や星で十分なのである。
 満月の夜は、本でも読めるのではないかと思えるくらい明るい。厚い雲で覆われた小雨のぱらつく夜でも、その日が満月なら十分明るいことにも気が付いた。本当の漆黒の闇は、新月の雨模様の夜だけなのだ。さすがにこんな夜は、つま先をそろりそろりと前に突き出しながら歩かざるを得ない。逆に新月の晴れた夜は、満天の星に息をのむ。
 こんな夜の楽しみは、灯りに馴らされ、おまけに狭い空しか持ち合わせない街なかの連中には味わえまい。フッフッフー。
 月と言えば、最近分かったウナギの生態にも大きく関わっていた。ウナギがどこで産卵するかは長年の謎だったが、日本の2500km南、マリアナ海嶺スルガ海山だと分かった。初めて卵を捕獲して場所を確定できたのが、大潮の日だったのだ。
 大潮は満月か新月の日で、月の引力によって潮の干満の差が最も大きくなる。潮の流れも加速する。ウナギは、稚魚の餌になるプランクトンの死骸が溜まるあたりに雌と雄が集まり一斉に産卵、放精する。海中でうまく受精するためには、潮の流れの速い方が有利なのだと推論されている。
 そういえば、弁慶ガニなど陸域に棲息するカニも大潮の夜に海に出て産卵していた。奄美でスクガラスという塩漬けの材料にする小魚も、岸に寄るのは大潮だった。人間の出産も潮の満ち干が関係していると聞いたことがある。
 こう見ると、生き物にとって月はとてつもなく重要なのだと予感できる。自然から離れてしまった普段の私たちは、月の有り難さを知らない。
 今作っている正月向けの商品に、『奄美ことわざカルタ』がある。
 奄美の島々で、古来より子や孫へと伝えられてきたことわざ。そこには、日本本土とは異なる自然観や、先人の教え、知恵が凝縮されている。
 「て」の札に「太陽(てぃだ)とぅ月(つぃき)や 生(い)きむんぬ親(うや)」があった。あらためて先人の偉大さに頭が下がる。

 2012.10.22 100人の母たち

 選挙突入から、お礼のあいさつ回りなどの後始末までの間、5月から8月までの4カ月間、仕事をさぼっていたおかげで新刊が2冊だった。通常のペースなら10冊出していなければならないのに、である。売り上げはもちろん激減。
 いま、遅れを取り戻すためにフルスピードで走っている。
 選挙をきっかけに出すようになった本もある。3.11事故を機に原発問題と直面せざるを得なくなった母たち100人のポートレートとメッセージで構成される『100人の母たち』だ。
 選挙応援に福岡からも大勢駆けつけてくれた。その中心が「ママは原発いりません」というグループだった。著者となるカメラマン亀山ののこさんは、そのメンバーの一人だった。本の話を受けたとき、ののこ、という名にピンと来た。ご両親は「野の子になれ」という願い込めて名づけたのだと。いい写真でないはずがない。
 果たして写真を見て息が詰まった。子を抱く母親の何と神々しいことか。自分が子どもの頃の母親の温かさを思い出した。わが娘の幼かった当時を思い出した。娘と孫の情景や、まだ見ぬ孫の子も想像させられた。
 この子どもたちの将来を守りたいというピュアな気持ちがまっすぐに届いてくる。
 写真集を、文章で説明するほどまどろっこしいものはないのだが、添えられたメッセージを紹介しよう。

 わたしのいのちの子。/しわしわで赤いあなたを/はじめてこの胸に抱いたあの日を/わたしは忘れません。/
 こわごわとうけとめたあの日を/わたしは忘れません。/わたしと同じ/エクボをもって産まれてきた/小さなあなた。/
 あなたはわたしで、わたしはあなた。/あなたの未来は、わたしの未来。/あなたのために、わたしのために。/輝く未来をこの手にひきよせるため/母として わたしは立ち向かう。/放射能や原発に。/ごまかしや嘘に。/ぬるま湯のここちよさや、/考えない気楽さに。あきらめや絶望に。/それはわたしの中にあるものです。/母はよわく頼りないのですが/心配はいりません。/わたしには いのちの絆で結ばれた/仲間がたくさんいるのです。/そして うつくしいあなたの笑顔が、/無限の力を与えてくれるから。/
 ありがとう。わたしのいのちの子。/母はよわく頼りないのですが、/誰よりもあなたを 愛しています。

 11月上旬にはお目見えする。定価は税込1,890円。乞うご期待。

 2012.9.20 保育士の卵たち

 すっかり穂の垂れ始めたわが田んぼに、今でも毎朝アイガモの餌やりに通っている。「今でも」というのがミソなのだ。
 普通、出穂から1週間くらいでカモは田んぼから引き上げる。そうしなければ稔った米をカモが食べてしまうのだ。昔、スズメを捕っていたように餌をまいてワナにおびき寄せた。これまで何の問題もなく捕れていたのだが、今年は一旦ワナに入った9羽のうちの1羽が再び田んぼに逃げ出してしまった。彼は、自分がつかまる恐怖を味わい、おまけに仲間たちの囚われていく断末魔の叫びを耳にした。
 別な仕掛けも準備したが全く相手にされない。人間不信に陥ってしまったようだ。こうなればカモ捕り権兵衛もすっかりお手上げ。あとは毎朝餌をやって、出来るだけコメを食べないように仕向けるほかない。
 カモとの知恵比べというしみじみとした日常に、黄色い歓声が響き渡った。9月上旬、千葉から保育士の卵たち8人が、先生とともにやってきた。ひょんな縁で昨年から卵たちが来るようになった。何の役に立つのかさっぱり分からないが、保育研修の一環だという。
 一日目は、川内原発を案内し、橋口さん宅でアイガモの解体をやった。会社に雑魚寝をしてもらって、翌日は釣り体験だ。
 昨年、付近の山で釣り竿になる竹を切っていたら、山の主が突然現れ、しこたま怒られた。卵たちの前だから、格好悪いのなんの。鹿児島の田舎では、子どもの頃から釣り竿の竹はそこらの山で切るものだと決まっていた。友達を含めて何百人も同じことをしていたと思うが、怒られたというのは聞いたことがない。
 山の持ち主も、そのまた親も、ずっと子どもの頃、山で遊び回っていたから気にも留めなかったのだろう。だいたい山が誰の持ちものか、考えたこともなかった。それだけ世の中がせせこましくなったということか。ともあれ、今年は怒られないように、釣り竿はちゃんと準備をしておいた。
 ソーセージを餌に糸を垂らすと、面白いようにカワムツが掛った。「食べられますか?」と聞かれ、たじろいだ。川には農薬や生活廃水が流れ込んでいるからだ。
 だが考えてみれば、同じ川の水を取り入れた田んぼで米が稔っている。その米を人間が食う。魚をニワトリにやったところで卵や肉を人間が食う。川の水は海に流れ込んでいる。その海の魚も人間が食う。カワムツも同じ。
 山尾三省が、日本中の水を飲めるようにという遺言を残した。でなければ、人間は汚染されていくほかないのだ。

 2012.8.20 喜びの出穂

 今日8月20日、出穂。
 わがアイガモの田んぼに、やっと稲穂が見え始めた。6月から7月にかけての連日の雨で日照が不足したのか、昨年より数日は遅いようだ。明日には白い雄しべが姿を見せるに違いない。とっても地味だけど、稲のお花畑だ。
 3週間ほど前には、コブノメイガの幼虫が大繁殖していた。稲の葉を巻いて、その中に潜んで葉の表面だけを舐めるように食べる害虫だ。巣になった葉は枯れてしまうから、さあ大変。
 と思いきや、止め葉がやられない限りは、何の問題もないという。止め葉? これも初めて聞いたのだが、稲の茎はストロー状で、ストローの一番上の端っこに出るのを止め葉というらしい。止め葉が出て、ストローの中から稲穂が伸びてくるのだ。ふむふむ、また一つ勉強になった。
 止め葉が出るずっと前の葉っぱをコブノメイガがのんびり食べているあいだに、あとからあとから葉っぱが伸びてくるものだから、枯れ葉だらけで白っぽく見えた田んぼは、いつの間にか緑の田んぼに色を変えていた。もう大丈夫。
 害虫を食べてくれるはずのアイガモがいるのに何で?と思われる人もいるかもしれない。虫は巻いた葉っぱの中に潜むからアイガモちゃんも歯が立たない、というか、くちばしが立たないのですね。そのかわり、今ほとんどの田んぼに見られ、秋にかけて大発生が心配されているウンカ(秋虫)は、せっせと食べてくれる。
 さて、コブノメイガの下の名前のメイガ。米につくから米蛾。ずっと前からそう思っていたが、これは間違いだった。メイガのメイは、螟と書いて稲に限らず、植物の芯を食べる蛾の仲間の意味だという。
 コブノメイガは芯を食べないのだけど、同じ仲間(科)だから目をつぶらざるを得ない。
 毎日通う田んぼも、いろいろ勉強になる。

 今でも、ときどき肩がズキッと痛む。選挙の後遺症だ。助手席から窓側の腕を出して、ずっと振り続けていたから痛んだようだ。ためしにキミも、助手席に座ったつもりになって手を振ってみたらいい。肩が開く不自然な姿勢だということが分かるでしょう。
 天皇とか皇后さまが車から手を振っているのを目にすることがあるが、窓側の手ではなく、体をぐっと回して内側の手を振っているに違いない。今度確かめてみよう。
 投票日から2週間、ずっと見続けていた選挙の夢も見なくなった。ズキッとくる肩の痛みも頻度が少なくなってきた。日常が戻りつつある。

 2012.7.20 怒涛の県知事選挙

 現職の伊藤知事が再選されたら川内原発の再稼働は確実。みすみす指をくわえて見ているわけにはいかない。
 出ると決めたのが連休明けだから2カ月。動き出して1カ月半の超短期決戦。態勢もなかなか固まらない。フル稼働したのは実質3週間くらいだろうか。
 悪気はないのだろうが、様々なところからアドバイスが集中した。いちいち聞いていたら身が持たない。一番困ったのは、ボロ負けしたら全国の反原発運動にダメージを与える、と心配する言葉、というか出るなという忠告? もっともらしい物言いだから困りものだった。所詮高見の評論家の言と、聞き捨てることにした。
 ついでに、内部の会議にも全て欠席することにした。昼間フルに動き回って体がへとへとになり、おまけに夜の会議で頭までへとへとになれば、投票日前に終わってしまう。実際うつ状態になった候補者も多いという。何とかこれは免れた。
 選挙事務所のスタッフには、肉体的にも精神的にも負担をかけたが、その分、極力文句を言わないで言われたとおりにすることを心がけた。
 佳境に入った17日の選挙期間も後半。候補者は、繋がれた犬のようなものだと認識した。
 選挙カーのルート、街頭演説の場所も時間も全てスケジュール化されている。ミニ集会や大きめの立会演説会もある。おおまかなルートは知らされるものの、細かい点は直前確認となる。
 「エーと、ここでは何分しゃべるんだっけ」。5分。「はいはい」。ここでは1時間。「げっ、ちょっと構成を考えなきゃ」。てなもんで、こっちへ行って「ワン」、あっちでは「キャン」、集会では「ワン、キャン、ワン、キャン」。天文館の練り歩きなんかが入れられた日には、道の左右の店に客を求めて動くもんだから、まるでサッカーボール。
 そんなこんなで駆け抜けてきたが、私がいないところでも、県内各地でボランティアが「さよなら原発」「78投票日」なんかのポスターを手に辻立ちしてくれていた。各地での電話かけやら、一体、何百人何千人の人たちが動いてくれたことだろうか。
 直接選挙とは関係ないのだが、2000人のUAコンサートも若い衆がやってのけた。
 向原祥隆200,518、伊藤祐一郎394,170
 負けはしたけど多くの人が反原発で立ち上がった。かつての一揆は、一味ことごとく殺されていたが、この世は命まで取られることはない。フツフツとマグマをたぎらせ、再度爆発のときを待とう。



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鹿児島市の郊外にある民家を会社にした「自然を愛する」出版社。自然や環境、鹿児島、奄美の本を作っています。

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