沈黙の海


 釣り好きの私は、かつて30年ほど前、キスの大釣りをしたことがある。場所は吹上浜の真ん中、東市来町江口の砂浜。ヒョィと投げるだけで、大振りのキスが5本針に全部食いついて5匹釣れた。次も5匹、その次も、そのまた次も5匹。1時間弱で、あっという間に100匹だ。50センチもあろうかというカレイも釣れた。

 もうこれ以上はよかろうと、帰る直前、もう一度獲物を確認。うん、ほれぼれする。砂にまみれたカレイを海で洗って眺めようと邪心がわいた。波打ち際で海水に浸けた、まさにその瞬間、死んだふりをしていたカレイは大きく跳ね返り、手をすり抜けて波間に消えた。私は呆然と見送るほかなかった。
 このキスの大釣りと、逃げたカレイは死ぬまで忘れないだろう。

 そういえば、子どもの頃、江口の少し北の市来に暮らしていたが、市来海岸でもめっぽうキスが釣れた。旧式のリールで、すぐ糸を絡めたものだが、たいていの大人は100匹以上ゲットしていた。塩焼きのうまかったこと!

 でも最近、キスの音沙汰はない。数年前に行った江口では、2、3時間かけてやっと4、5匹というていたらく。
 釣れないのは、腕のせいか、時期のせいか、新しくできた突堤のせいか、などと首をかしげたが、深く考えることはなかった。それが、今編集中の本で目からウロコが落ちた。

 東京大学が吹上浜の3カ所で行った稚魚調査で、キスの稚魚は北から38、351、1万4131。北は串木野、中央は江口の南、南は加世田の浅場だ。目の細かい巨大な網で大規模に海岸をすくって、1匹1匹確認した結果だ。なんだ、北に行くほどいないじゃないか。釣れるはずはない。

 じゃあ、原因は? 著者の水口憲哉東京海洋大学名誉教授は、原発のせいだという。川内原発は1、2号機で川内川と同じ流量の温廃水を出す。出すということは、同じ量だけ吸い込んでいることになる。
 10ミリ四方の網で漉し、除去する。通り抜けた稚魚や卵、プランクトンは次亜塩素酸ナトリウムで殺す。膨大な生き物の虐殺が、稼働以来30年間、人知れず延々と続いてきたのだ。

 すでに吹上浜の北部中部海域は、「沈黙の海」となっていた。

 日本と違って海外では、原発の取水による生き物の衝突・除去、連行の問題は、ずっと以前から注目され、数多くの論文も発表されている。本書『原発と海洋環境破壊』(仮)は、豊富な海外の事例を引いて、原発周辺の漁獲激減、バショウカジキ、ブリ等の回遊ルート変更、海洋生物の絶滅など、海の異変を詳細に分析した日本で初めての本となる。

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鹿児島市の郊外にある民家を会社にした「自然を愛する」出版社。自然や環境、鹿児島、奄美の本を作っています。

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