包丁一本


 「オーイ、向原、獲ったド。ちょっと小さいけどな」とウナギ仲間の野田さんが、近くの川で獲った一匹を会社に持ってきた。



 会社の何人かに、「あんた、持って帰っていいぞ」、と声をかけるが、なんだか迷惑そう。聞くと、どうしていいか分からないという。

 最近では、自分で魚をさばける若い女性はほとんどいないという。スーパーでも切り身ばかり。へたすると、小骨まで取ってある。さばいた後の魚の内臓を、ごみに捨てるのが面倒という話も聞いた。うちなんか、トリ小屋に放りこんだら大喜びでトリさんたちが食べてくれるが、そうでなくても、ビニール袋に包んでおいたら、臭いも気にならないはずだ。
 要は、包丁を握ったこともなく、ましてや魚やウナギなどさばこうと思ったことさえないのだ。何たること!

 ウナギはスーパーで焼いたものを買うか、ウナギ屋で食べるものと思い込んでいる。だが、抗生物質やれ、成長ホルモンやれで、半年やそこらで促成されたものと違って、小さくても3年は川で泳ぎまわっていた腕白だ。ものが違う。
 能書きを垂れつつ、けしからんとか言っている間に、会社の台所でさばいて食べようということになった。

 ところが、にょろにょろ動き回っているウナギを気味悪がって誰も近づこうとはしない。結局私がさばくことになった。
 とにかく食えればいい、というわけで、4つにぶつ切り。そのままでもいいのだが、ちゃんと開いて、硬い背骨は取ってあげた。



 ガスコンロのグリルに並べて火にかける。焼けたころ合いを見て粗塩を振って皿に盛ったら出来上がり。ホラ、と差し出されたウナギの白焼きを恐る恐る口にしたスタッフから、ワーッと歓声が上がった。



 「なんておいしいの」
 「こんなのは食べたことがない」

 おいしいはいいけど、君たち。魚でもウナギでも、先ずものの違いを知りたまえ。養殖ものか、天然ものか、ここには雲泥の差がある。
 その次に鮮度だ。雨上がりの晴天続きは大漁に決まっているから、魚屋に行けば山のように新鮮な魚が並んでいる。さらに、ものの鮮度もさることながら、調理してからの時間も短い方が断然うまい。
 刺身でも、切って時間が経ったのと、自分でさばいたのとは、天と地ほどの差がある。もちろんうまいのは自分でさばいたものさ。おまけに、お金も何分の一かで済む。

 お金を掛けず、おいしいものを食べたいなら自分でさばくべし。まずは、マイ包丁一本。そこからスタートだ。

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鹿児島市の郊外にある民家を会社にした「自然を愛する」出版社。自然や環境、鹿児島、奄美の本を作っています。

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