田舎の観光と文化

 

 テレビの旅番組は人気とあって、その数も多い。私も、うるさいだけのバラエティなど見る気がしないから、すぐチャンネルを合わせてしまう。
 とりわけ何百年とたたずむ石造りの家や老成した果樹がたたずむヨーロッパの田舎ものは、見ていて飽きが来ない。

 

 先日も、ブルガリアの田舎が放映されていた。さすがにヨーグルトが有名な国だけに、それぞれの家で種を絶やすことなく作っていた。それは旨かろう。女性レポーターも、美味しいを連発していた。
 祖母から母へ、母から娘へ、娘からそのまた娘へと連綿と同じ種が継承され、同じ味が伝えられていく。味の旨さもさることながら、ずっと続いていく文化の強靭さと、その中に暮らしがあることの安心感を思わずにはいられなかった。


 番組の終盤に、これまた伝統食のチーズが、観光客向けに村で売り出し中の商品として紹介されていた。それはいただけなかった。
 村では試食もできるという。純朴そうな普通の婆さんが、恥じらいながら試食用のチーズのかけらを差し出している。
 世渡り上手の商売人が、「はい、旨いよ!旨いよ」と連呼しながら売りつけるのはまだいい。だが、いかにも不慣れな婆さんが、やらされているのを見ると、だんだん腹が立ってきた。

 

 観光は都市生活者による文化の消費行動だという。伝統とか神とかの衣をまとう物珍しい風俗が、彼らの癒しになるのだという。交通や宿泊の業者が旗を振って、その地の文化を売り物にしていく。観光される側は、わずかのお金を求めてすり寄っていく。消費されるから売り物だが、見世物といってもいい。
 南の島では、海外資本のホテルで、民族衣装を身にした男女が伝統的な舞を披露している。神々への祈りが根底にあるのだろうが、ショーとして舞う方は、やがて舞う意味を忘れていく。

 

 私が小学時代を過ごした奄美が、いま世界遺産の登録に沸き立っている。貴重な自然が守られるのはいい。だが、歓迎する声の主のほとんどが、観光客によって落ちるお金が増えることを期待している。
 大手のホテル資本がどんどん進出して、島の文化が見世物にされていくのは、見るに忍びない。そのうちに本来の姿は消え、見世物に純化されていくだろう。


 世界中で進行中の金と引き換えにした文化破壊の一端を、そして近い将来、奄美で予想されるその姿を、ブルガリアの片田舎でチーズを差し出す婆さんに、垣間見た気がした。

 


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鹿児島市の郊外にある民家を会社にした「自然を愛する」出版社。自然や環境、鹿児島、奄美の本を作っています。

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