2014.7.17〜2014.12.20


 2014.12.20 海辺を食べる図鑑

これまでも何回か、本書『獲って食べる!海辺を食べる図鑑』の制作過程をこの欄で紹介してきた。
私たちが子供の頃、普通に食べていた海辺の生き物の見つけ方、獲り方と食べ方、保存方法を、写真と文章で紹介しようという本書。やっと形になる。
毎度おなじみの天然ウナギから、ワカメ、ヒジキはもちろん、アオサ、フノリ、カサガイ、アワビにマテガイ、ハマグリ、アサリに、ムラサキウニ……。こんなポピュラーなものから、こんなんも食えるの?というアメフラシにナマコ、ヤドカリまで、食べに食べたり136種。
取りかかって4年で撮影はほぼ終わり、この半年は、1日1本と決めて仕事の合間に原稿を書いてきた。
今校正の最終段階。1月末にはお目見えだ。ムラサキウニの項に書いた原稿を再録する。
「磯で自分で捕って食べるとなると、確かに時間と手間がかかる。
磯までの往復に2時間、下拵えに1時間とすると合計3時間。最低賃金でも時給700円を超えるから最低2100円。それだけ時間と手間をかけるなら、お金を払った方がましという計算になる。おまけに車で行けばガソリン代もかかる。
確かにそうだ。だが、自分で捕って食べれば鮮度が違う。食味の大きな部分を占めるのが鮮度だ。とにかく驚くほどおいしい。複雑な流通の中で投入されるかもしれない防腐剤などの薬物も心配ない。
こう考えると、私たちの日常は、お金と引き換えに時間と手間を手に入れ、味覚や健康を手放していることに気付く。もっと恐るべきは、私たちが生きる根本である自分で食べ物を捕って食べる技を、知らず知らずのうちに失っているということ。これに対して、あまりにも無防備ではないだろうか。「生きる力」とは、お金がなくても自然の恵みの中で生きていく知恵だと気付きたい。」
なんだか演説調になっているが、本書を作った理由はここに集約されている。
本書を片手に、ぜひ海辺に行ってほしい。きっと満足するはずだ。とりわけ子供たちは、新しい世界に足を踏み入れる喜びに胸を震わすに違いない。ずっと昔から人間は他の動物と同様、自然の中から食べ物を獲得して生きてきた。食べ物を自分の手で採る。まさに人間の本能的な行為なのである。
何よりうれしいのは、全てタダだということ。本書の代金(2000円+税)くらいは、冒頭のアオサを1回採りに行けば簡単に元が取れる。
海辺は自然の野菜畑、生き物たちの牧場だ。さあ、獲って食べよう! 

 2014.11.21 正体見たり

人は、その行いが顔に出るという。
最近話題に上るのが二人の顔だ。あまりの人相の悪さに、只者ではないと多くの人の印象に残っているだろう。そう、薩摩川内市長岩切秀雄と、鹿児島県知事伊藤祐一郎だ(敬称略)。
岩切市長の悪人顔を修羅の顔という人がいる。刻まれた深いしわが、人々の恐れ、苦悩、ささやかな願いを耳にしながら、己の欲で乗り越えてきた業の深さを物語っている。
一方の伊藤祐一郎は能面のような無表情と、ひとを小馬鹿にしたような薄気味悪い笑みが特徴だ。しわ一本ない、いかにも栄養状態のよさそうな顔は、岩切市長と対照的なのだ。
私は、大手メーカーに就職し、インドネシアの現地工場長として赴任した中学の同級生を思い出した。大邸宅に住み、使用人を何人も雇っていた。その一方で、現地の労働者など馬鹿にしきっていた。もちろん同窓会でも「何だこいつ、何さまだ」とあんまり相手にされなかったのだが、まさにあの顔だ。
再稼働を受け入れた11月7日の記者会見で、伊藤知事は、「規制委員会はすばらしい方々」と持ち上げ、同意は薩摩川内市だけでいいという理由に「知識や理解の薄いところがあるから、他の自治体を聞くのは賢明ではない」と述べた。早い話が「すぐれた東京の人々」と「無知な田舎者」というわけだ。何とごぶれさあなことよ。「命の問題なんか発生しない」という大ウソまでついた。
はなから、伊藤祐一郎という人は、鹿児島のためとか県民のためとかは、一切関心なかったのであると思い至った。向いているのは東京、政府、それに連なる財界といったところか。
3.11以降、私たちの公開質問には一切答えず、県職員にも会話を禁じた。私たちが県庁にいるときは、玄関から入ることなく、地下の駐車場に車を乗り付け、知事室直行のエレベーターで上がって行った。
やつらの言っていることは無視せよ、相手にするな、やつらの前には姿を現す必要はない、見るのもけがらわしい、といったところか。
まさに植民地の管理官ではないか。
11月臨時議会を前に10月30日から県庁前にテントを張った。その横腹に「伊藤知事は県民の命を売るな」「伊藤知事は県民の声を聞け」と大書きした横断幕を張った。「県民の命」とか「県民の声」など、鹿児島を馬鹿にしきった伊藤の胸には1ミリも響かなかったに違いない。
位相が違ったのである。県民の代表などではなかった。
言うべきはただ一言、「伊藤は鹿児島から出ていけ!」だったのだ。 

 2014.10.20 ロシアンルーレット

事務所で飼っているニワトリが放し飼いになって1カ月半。元気に庭を走り回っている。
糞をするのに石の上が気持ちいいのか、玄関前が糞だらけになるのが困りものだ。踏んでしまったお客さんには、運が悪かったと諦めてもらうほかない。
毎朝、残飯をニワトリ用に持ってくる。「コッコッコッ」と呼びかけると羽をばたつかせながら駆けてくる姿が、なんともいとおしい。
その残飯が、野菜くずだけだったりしたら、せっかく駆けてきたのに見向きもしない。「ふん」「なーんだ、こんなもん」「走ってきて損した」と、仲間内でブツブツ言っているのが分かる。
トリ小屋に囲われているときは、青菜は大喜びだったが、放し飼いの今、そこらじゅうに草が生えているから十分食べ飽きているのだ。
10月13日の台風19号。久々に大きいやつが直撃するかもということで、事務所の雨戸を全部閉めることにした。そのときスタッフが発見したのだ。作業の足場を確保しようと散らばっている道具を整理したら、姿を現した大量の卵。放し飼い以降、縁側の下にずっと生み続けていた卵が一度に発見された。その数、十数個。
洗面器に入れられた卵を見ながら、すぐに食べようという気にはなれない。いつ産んだか分からないのだ。自然卵は20日は大丈夫。だが、何個かは確実に腐っている。
せっかくの卵を無駄にしてはならい。毎日一個食べることにした。誰も食べようとしないから、私の係りだ。卵を割れば、大丈夫かどうかは分かる。腐っていたら捨てたらいいだけの話じゃないか。
あれから毎日一個、茶わんに落とし、しょう油をかけて食べた。
「ウマイ!!」。幸運な日が4日続いたが、ついに5日目、落とした卵がなんだか怪しい。白身が濁っているようだ。においを嗅いだのが悪かった。「グギェーッ」。鼻孔をつんざく殺人的な悪臭。卵が腐ったような、という例えがあるが、とにかく酷い匂いだった。
それから、恐ろしくて食べられずにいた。だが捨ててしまうには惜しい。大半は大丈夫な卵だ。ウーン。そのうちどんどん日にちが経って、ますますロシアンルーレットに当たる確率が高くなる。私の母も、なかなか捨てられずにいるが、遺伝だろうか。
深く思い悩んでいた私に助け船が出た。「埋めたら土に帰って肥料になるよ」と。
なんだか安心して、やっと処分できた。

 2014.9.20 オオスズメバチ

飼っているニワトリを、2週間前から放し飼いにしている。ニワトリ小屋の壁際にオオスズメバチの巣を発見したのだ。軒下に丸い巣を作るのは、一回り小ぶりなキイロスズメバチ。凶暴な日本最大のオオスズメバチは地下に巣を作る。
田んぼで働いたアイガモ君は稲の花が咲くと田んぼから上げる。放っとけば稔った米を食べてしまうから、のんびりしてはいられない。田んぼから上げたアイガモは、体はひとり前だが、まだ子供。冬まで太らせて、正月用に頂くのが毎年の恒例になっている。
アイガモ君はトリ小屋に隣接したカモ広場に転居するのだが、網の補修やら準備をしているときに、オオスズメバチがぶんぶんしているのに気がついた。
作業が終わってほっとしているとき、オオスズメが地面にとまった。ウン?と見ているとトリ小屋の壁の隙間に消えていった。と、もう一匹、もう一匹と消えていく。ハーン、この地下に巣を作っているのね。
中にはトリ小屋を経由して狩りに出るハチもいる。バッタやチョウやこがね虫などの昆虫を餌にするのだが、餌が少なくなる秋から冬にかけては、凶暴性がどんどん増していく。ときには死人が報道されるほどだ。
会社のスタッフが交替でニワトリの餌やりをしているから、いつ襲われてもおかしくない。こりゃいかん、というわけで知り合いのハチプロに連絡を取った。
現場検証をしたあと、にこにこしながら「あと一カ月だね」と。はあ?
こっちは早く巣を退治してほしいのだが、ハチプロは巣の中のハチの子を採るのが目的。9月では巣が直径20cmほどと小さいから、苦労の割に採れるハチの子は少ない。あとひと月もすれば直径30cmにもなって、わんさか採れるというわけだ。
別の知人は、ハチの子採りのときに手を刺されて、バレーボールのように腫れた。それでも止めないというから、よほど美味しいのだろう。私は恐ろしいから参加しないが所有者だ。分け前があるはず。ぐっとつばを飲み込んだ。
かくして、オオスズメバチの巣は放置され、トリ小屋での餌やりを避けるため、放し飼いと相成った。
あとひと月。山もりのオオスズメバチの子を食べる日は近い。『オオスズメバチを食べる』なんて本、売れそうだけど、あなたなら買う?
ときどき山でこのハチに襲われてひどい目に遭うけど、きっと地面の巣を踏んだか、すぐ近くで刺激したせいだ。地下に巣を作るから土を巣の周りに積み上げる。山を歩くとき掘り出された土の山には、くれぐれもご用心。

 2014.8.20 イモチ病

 川内原発の再稼働が大詰めになってきた。
 講演会企画や行政への申し入れ、陳情や依頼原稿書きと、仕事以外の仕事が山盛りだ。福島であれほどのことが起きていながら、なぜ今更原発なのだろう。不思議でならない。
 原発にやきもきしても、日常は日常。日常を記そう。
 アイガモに働いてもらっている田んぼの稲の調子が良くない。周辺の田の稲はどんどん分けつして太い株に育っているのに、うちのは分けつが少なく、何とも弱弱しい。枯れた葉も目立つ。そう、イモチ病だ。何とか立ち直ってくれと祈ったが弱る一方。そのままでは全滅だ。意を決して殺菌剤のお世話になった。
 「なんだ、無農薬と言いながら、薬をかけてやんの」と言わば言え。収穫ゼロとくれば、これまでの苦労が水の泡になる。仕方ない。それでも、慣行農法の普通の店で買うコメに比べれば薬の量は10分の1くらい。はるかにましだと、自分を納得させた。
 そもそも、このイモチの菌はどこから来たのだろう。たいていの田んぼは、被害があろうがなかろうが、あらゆる害虫、病気予防に薬をかけるから青々としている。
 だが、草刈りをサボリ気味の畔をよくのぞいてみると、所々イネ科の雑草がイモチにやられている。最強のススキもやられている株があった。ふーむ。イモチの菌は実はそこらじゅうにあるのだ。
 でも、一帯のイネ科の雑草を全滅させることはない。特に風通しの悪そうな中心部に集中する。つまり、適度に間引きする程度に勢力拡大を自制しているわけだ。全滅させれば次の世代が生きることができないからネ。
 その菌がうちの田んぼに悪さを始めたというわけだ。稲は栽培種だからもともと弱い。一気に広がった。自然からすれば異物だから全滅させても何の問題もないだろう。
 通りかかった婆ちゃんは、「冷イモチだねえ」と言った。水が冷たいとイモチにかかりやすいというわけだ。田の水は水源地の湧き水だから冷たい。 今年は、晴れた日が少なかったから、水も温まりにくかったのだろう。それでも田んぼの周りに水路を掘り、直接冷水がかからないようにする手を教わっていた。実は、イモチの兆候を見ながらサボっていた。
 人工のものはなんと脆弱なのだろう、と思う。あっという間に全滅してしまう。薬のない時代、人々はそれを見越して防ぐ方法を受け継いできた。たとえ全滅しても次善の策を打っていたに違いない。
 田んぼを見ながら、生きるということを考える。

 

 2014.7.17畦の草刈り

 アイガモ君と一緒に米作りを始めて4年目になろうか。去年までのところより2枚下が私の修行の場となった。広さは約2倍。1反5畝ほどである。
 収量は、普通に作るより、カモが逃げないように網を張ったり、カモが遊び場の池を作ったりするものだから、一般の7割がた。それでも30キロ袋で20個ほど取れる。モミで600キロ、精米すると3分の2になるから400キロ。家族で200キロも食べれば十分だから、有り余るほどの食糧自給だ。まさに豪農、ふっふっふっ。
 先週の台風8号は、久々の大型直撃かと心配したけれど、急に勢力を落としたから県内の農作物の被害はほとんどなかったようだ。
 台風の去った朝、うちの田んぼもいつもの通りで一安心。ところが昼過ぎ、知り合いのおばちゃんから電話。
 「お宅のカモちゃんが、違う田んぼで遊んでいるよー」
 あわてて行ってみると、なんと上の田んぼの畦が壊れ、大量の泥が流れ込んでいた。もちろん網も埋まっている。カモはつぶれた網の上を簡単に乗り越え集団脱走していた。
 畦を這い上った上の田んぼは休耕中。草の中を楽しそうに走り回っていた。囲いの中で泳ぎ回って除草をしてくれるカモもかわいいが、自由に群れをなして走り回る姿もなかなかのもの。でも、「オーイ、オーイ」と呼べば、おいしい餌にありつけるとすぐに寄って来るのは悲しい性。すぐに田んぼの中に放うり込まれることになる。
 もともと、上の田んぼの畦は要注意だった。休耕中だからと草も刈っていない。怪しいと思って畦を歩いてみるとホクホクだ。モグラが縦横に穴を掘っていた。この穴から水が浸みこめば畦は持たない。
 畦の草刈りは、草を刈りながら弱ったところを見つける重要な作業なのだ。上の田んぼの主がサボって草を刈らないもんだから、田植えの後、境の草刈りを代わりにしてあげ、ホクホクの畦を踏み固めておいた。それでも、まだ弱いところがあったようだ。
 普段も畦を歩きまわって水の調整をするのだが、この歩くだけも役に立つ。体重で自然に踏み固められ、畦は締まっていく。モグラの穴も、いつの間にか踏みつぶされていく。
 畦の草刈りにはもう一つ重要な役目があった。マムシ除けだ。うちの田んぼはマムシの巣といわれている。踏んでしまったら逆襲されてひどい目に逢う。だが、草を刈っていたら乾燥を嫌う蛇は近寄らない。
 昔からやられていた何気ない作業も、いろんな意味を持つことに気づかされていく。
 



プロフィール

南方新社

南方新社
鹿児島市の郊外にある民家を会社にした「自然を愛する」出版社。自然や環境、鹿児島、奄美の本を作っています。

南方新社サイト

カテゴリ

最近の記事

アーカイブ

サイト内検索

others

mobile

qrcode