2014.1.15〜2014.6.23


 2014.6.23 便利は危険

 本は、再販制度によって、値引き販売できないことになっている。だが、著者にだけは八掛け、つまり二割引で卸すのが通常だ。書店の数が、10年前の半分ほどに激減した今、著者が周りの知り合いに売ってくれるのは、本当にありがたい。
 もうひとつ、直売でも割引する場合がある。業界の掟破りなのだが、書店マージンを払わないで済むのだから、小社にとっては何の問題もない。
 かくして南方新社では、関心を呼びそうな新刊を出すたびに、これまでネット経由で注文してくれた人のアドレスを中心に、2000人くらいメールDMを出している。注文があれば、割引価格、送料無料、郵便振替用紙付きで本を送る。
 無料で手軽にDMできるなんて、まさにコンピュータ社会のたまものだ。
 ところがここにも、落とし穴があった。先日2000人に送った途端、書名に間違いがあったと、何通もの返信が来たのだ。
 案内文書を作るとき、前回のものをコピーして下敷きにした。苦心して文章を作ったまではよかったが、注文欄の書名が、前回の本のまま。なんてこった。クラクラしたが後の祭り。
 ボタンひとつで2000人に送られるのは確かに便利なのだが、同時にボタンひとつで2000人に恥をまき散らす危険も併せ持つ。
 「便利は危険、不便は安全」。こんな近代の一般則をひとつ発見。
 さて、メールDMした本は、『「修羅」から「地人」へ─物理学者・藤田祐幸の選択─』。
 「冷却装置が止まって6時間も経過しており、すでに炉心のメルトダウンが始まっているんじゃないでしょうか」
 東日本大震災で東京電力福島第1原子力発電所が被災した2011年3月11日の当夜、テレビの全国放送でそうコメントした物理学者が九州にいるらしい。そんな話を耳にした。(略)水素爆発も起きていない震災当日の段階で、メルトダウン開始をテレビで言い当てた学者がいたとは初耳だった。……
 本書は、こんな書き出しで始まる。反原発の間では高名な物理学者・藤田祐幸。本書は彼の足跡、思想を余すところなく表現している。取材および執筆は、数々の名著を生んだ毎日新聞西部本社・福岡賢正記者。
 科学、核と原発、チェルノブイリ、原発労働、破局、劣化ウラン弾、宮沢賢治、常に真正面から向き合ってきたこれらのキーワードから、原子力の本質と、あるべき未来が描かれていく。まさに、この破局の時代を読む絶好のテキストといえる労作だ。

 2014.5.22 蛍の乱舞

 シラス台地の高台に事務所はある。その周辺には侵食されたいくつもの谷が形成されている。その谷のひとつが大重谷だ。
 谷の奥にはシラスを潜り抜けた地下水が湧き、鹿児島市の水道水の水源地として戦前から利用されてきた。
 水源地にされるずっと以前から、湧き水は谷沿いに連なる田んぼの用水として使われてきた。いまでも、湧き水を直接取水するので、完全な無農薬栽培ができる貴重な谷である。
 私がアイガモで米作りをさせてもらっているのは、この中の一枚の田んぼ。
 団地に挟まれたこの谷は、昔ながらの風情を保っている。山桜から始まってマルバウツギ、コガクウツギ、田んぼに目をやればレンゲ、今はハナウドが盛り。折々の花が咲き乱れる、まさに桃源郷。毎日のバイク通勤のなんと気持ちのよいことよ。
 内緒にしていたのだが、この谷はゲンジボタルが乱舞する谷でもあった。
 去年の暮れに、町内会長さんが話しかけてきた。「知っちょいけ?あん谷には蛍が飛んたっど」
 道をきれいにして、多くの市民の訪れる名所にしたいと言う。
 いやな予感がしたが、石組みの水路に手を加えたらだめだ、三面側溝にしたら生き物は生きていけない、とだけ伝えておいた。
 「分かっちょいが」と言いながら、まず、使っていない畑に、ゲートボール場を作った。会長さん自らユンボを操り造成するのだから、なんという行動力。道沿いの草もきれいに刈られた。市に掛け合ったのだろう。
 そこまでならよかったが、でこぼこ道の補修工事が始まった。
 なんてこった。水路沿いの木がすべて切り払われてしまった。あれよあれよという間に、アスファルトが塗られていく。塗りたてのあの石油のにおい。あーこいつが雨と一緒に水路に流れ込んだら蛍の子は死ぬだろうな。
 最後のとどめは、のり面のセメント。道路わきを水路の石組みの上まで、木が生えないように全部セメントで覆ってしまった。
 うー、セメントを塗るには水路に入らねばならない。ぐちゃぐちゃに踏みしだかれ、おまけにセメントからは毒水が流れ込む。
 5月の連休からの蛍の季節は、毎晩、真っ暗な谷筋の道を帰るのだが、心配したとおり、道路工事の場所から下流は、一匹も飛ばない。
 やっと、昨日、工事とは無縁な湧き水の注ぎ口に5匹見つけた。工事の始まりの少し上でも5匹飛んでいた。
 この二家族が、子孫を増やしてくれるのを祈るばかり。いやはや・・・・・・。

 2014.4.20 春はヒジキ

 桜も終わった。これから付近の山では椎の花が咲き、むせるような春の匂いに包まれる。こいつは楽しみだ。
 一方、海には海の営みがある。アオサやワカメは終わったが、今はヒジキがまっ盛り。知っている人はとても少ないのだが、この鹿児島でも、北埠頭、祇園の洲から重富にかけての海岸線は、びっしりとヒジキが覆っている。ただで、栄養たっぷりなヒジキが手に入るのさ。これを採らぬ手はない。
 かと言って、いつ行っても採れるわけではない。
 ヒジキは潮間帯の下部に生える。潮間帯とは、潮の干満によって、乾いたり、海中に没したりする岸辺のこと。早い話が、潮が引かなければ、採れないということ。できれば、干満の差が大きくなる大潮の干潮に行きたい。時間を新聞などで前もって調べていくといい。調べなくても、満月や新月の日の2時から3時くらいなんだけどね。
 カマで根っこのところから刈っていけば、ものの5分でバケツ一杯になる。こいつを、ザブザブと水で簡単に洗って、大きめの鍋で茹でる。それを、新聞紙などに広げて干す。黒くパリパリに乾燥したらビニール袋に入れて保存する。そのままでもいいが、冷凍庫に入れておけば、永久にもつ。
 ヒジキって分かるかどうか心配って? 褐色の30㎝から1mの長めの海藻だからすぐ分かる。普段見慣れた黒いヒジキは乾燥させたもの。今はもう少し深場にホンダワラも茂っている。ホンダワラは気泡がまん丸いが、ヒジキの気胞は細長い。
 間違ったところで、ホンダワラの仲間も全部食べられるので安心だ。
 このヒジキ、ずっと昔から利用されてきた。朝廷への献上品や税、海辺の民と山の民との交易の品だった。今に至るまで変わらず、この日本の沿岸を彩り、人々はその恩恵に浴してきたというわけ。飢饉に備えて、俵に詰めて大量に備蓄していたというからすごい。
 つい最近になって、海藻はお金で買うものになってしまった。こうなると人と海の関係は絶たれ、海は埋め立てやバイパス道路、護岸などで、どんどん壊されていく。
 それでも、鹿児島では春先になると残された海岸を、どこもヒジキが埋め尽くす。
 漁業権が設定されているところは注意。海辺に看板で注意書きがあるから分かる。南大隅でこの看板を見かけた。こうしたところで、大きなビニール袋に詰め込んで持ち帰ろうとすれば怒られる。小さな袋に、家族で食べる分だけ頂いても目くじらを立てる人はいないだろうけどね。

 2014.3.16 なんと鶏泥棒

 いつも犬2匹連れて散歩している近所のおばさまから電話があった。
 「お宅の鶏は元気ですかあ?」
 「それが最近いなくなっちゃって」
 「やっぱり」
 前々回、1月1日の夜、鶏の♂1♀1が消えた話を書いた。その時は♂が狙っていた美人の♀と駆け落ちしたと思っていたのだが、その後2♀、翌々日に1♀と、立て続けに残りの3羽も消えてしまった。
 これは、人間の仕業。それも食べるためなら、続けざまに3羽ということはない。とても食べ切れないからね。飼うために持っていかれたと推理した。
 さらに、夜でも無理やりつかもうとすると騒ぎ出す。近所に怪しまれずにさっと2羽、首をつかんで持っていくのは、よほど飼い慣れたご仁だと。
 おばさまの話に戻る。
 話はこうだ。その日、これまた近所の年寄りが、鶏を抱えて歩いていた。
 「おいしそうですね」と声をかけたら、卵を採るために貰ったのだという。その数日前にも、軽トラに乗ったその年寄りと出会い、荷台の飼料袋に入った鶏を目撃している。
 これは怪しい。実はその年寄り、去年の11月に、鶏泥棒の現行犯で警察の厄介になっていた。
 騒ぎが収まった後、これまた近所の庭先に置いてあった白いウサギの置物を盗ってしまった。すぐに見つかって怒られると、鶏の卵を抱えて持ってきたらしい。
 「うちには食べ切れんほど卵がある」と言って。聞くとこの年寄り、体は元気だけど、人のものと自分のものの区別が苦手らしい。
 うーむ、これは、これは。
 坂の上のお向かいさんも鶏を飼っている。犬に吠えられながら被害がないか聞きに行ったら、まだ明るいのに風呂上がりの奥さんが「うちは大丈夫だよ」という。ははーん。犬に吠えられたら盗れないよね。
 と、町内会長さんが通りかかった。
 「あたいげえの鶏が5羽、おっ盗られたが、近所では、いけんも無かけ?」
 「なんちな。こん1週間で文夫さんげえん鶏が7羽、おっ盗られたどー。そん隣のトヨばあさんげえは、白菜やれ、ネギが盗られたげな。野菜はちっと、我がで食うひこじゃったち。今警察ぃ、電話をすっとこいじゃった」
 被害は拡大の様相を呈してきた。明日、年寄りのトリ小屋をのぞかせてもらおう。なんせ、5年も餌をやっていたんだから、顔を見ればすぐ分かるもんね。うちの子か、ひとんちの子か。
 田舎に事務所を置いておけば、いろいろあるねえ。仕事はせんと、ご近所さんと鶏話だよ、まったく。

 2014.2.17 鹿児島人のご先祖たち

 鹿児島人が活躍した維新の話ではない。関ヶ原を敵中突破した島津軍の話でもない。
 おそらく、現在でも鹿児島人の8割が脈々と血を受け継いでいるこの地の先住民隼人の話だ。
 昨年、2013年は歴史的な年だった。大隅国建国1300年に当たる年だったのだ。国府のあった霧島市を中心に1300年記念行事がいろいろ行われたようだ。
 だが、待てよ、と思ったのは私だけではあるまい。私たちのご先祖様隼人は、頼みもしないのに、朝廷に国を作られてしまった。702年薩摩国、713年大隅国である。ご先祖様たちは、すんなり従ったわけではない。いずれの年も反抗し、攻め込んだ軍勢にひどい目に合わされた。おまけに朝廷は、川内や国分に「国府」を作り、なかなか言うことを聞かない蛮賊から国府を守ろうと、それぞれ4、5千もの屯田兵を移住させて来た。
 屯田の地の周囲に長大な柵を作り「明日からこの土地は朝廷のもんだ」「隼人たちは出て行きなさい」というわけだ。
 「いや、突然そう言われても困る」と言ったかどうか。ご先祖様は住み慣れた土地を追い出されてしまう。幼子を連れた家族もあったろう。まさに、家もなく流浪の民である。
 ご先祖様は、720年、あんまりの仕打ちに国守・陽侯史麻呂を殺してしまう。そしてその後、大伴旅人を征隼人持節大将軍とする1万の朝廷軍の来襲を受ける。「持節」は、天皇の刀を持つ名代だ。1年半ほどの抵抗戦の末に、悲しいかな捕虜と首1400余を朝廷軍に持ち帰られた。
 踏んだり蹴ったりの目にあった隼人の子孫が何でお祝いなの? アメリカでもコロンブス上陸500年祭や建国200年祭なんか、インディオは無視するのに。やれやれ、と思っていたら、隼人研究の第一人者、中村明蔵さんから原稿が届いた。『隼人の実像―鹿児島人のルーツを探る―』(仮)だ。
 たやすく長いものに巻かれず、父祖の地を守るために、そして自らの自由のために戦った先祖がいたことを知っておきたい。東北の蝦夷、北海道のアイヌ、島津軍に抵抗した奄美、沖縄、そして南九州の隼人、それぞれ誇り高き抵抗の民だ。
 隼人はこの時期、朝廷の役人や屯田兵に支配され、やがて、鎌倉期には島津武士団に支配される。
 だが民衆隼人は、隼人という名が消えてなお血脈をつなぎ、営々と田畑を耕し、漁労や狩猟に勤しんできた。今でも、この鹿児島で圧倒的多数を占めるのは、隼人の末裔たち。
 私もあなたも、隼人なんだぜ。

 2014.1.15 ゴンベが種撒きゃ

 2014年は正月から異変続きだった。
 南方新社では、鶏♂1♀4の5羽と、合鴨を飼っているから、正月休みも餌やりは欠かせない。
 養鶏をしている友人が、「旅行にも行けず、家に縛られているから、鶏に飼われているようなもんだ」と嘆いていたのを思い出す。
 先ず、1日に事件が起きた。1月1日の昼から2日の昼の餌やりの間に、♂1♀1が神隠しのように消えていた。狸に襲われた形跡はない。会社の金目のものには目もくれず、鶏だけ盗っていく盗人もなかろう。
 私の出した結論は、入り口の建てつけが悪くなっていたから、その隙間から、かねて♂が狙っていた美人の♀を連れて、駆け落ちしたというもの。今も行方不明。遠くの森で仲良く暮らしている姿を思えば、微笑ましい。
 田んぼで働いていた合鴨9羽は、うち6羽を1231日に解体した。友人たちと寄ってたかって羽をむしり、正月用の土産のほかに、庭でバーベキューや刺身、鴨鍋を堪能した。
 そのあと、残ったアラを庭の片隅の畑の脇に埋めておいた。こいつを狸が嗅ぎつけ、翌々日にはすっかり掘り起こしていた。味をしめた狸は、正月休みの間に合鴨の柵を壊して、残った3羽を1羽、また1羽と全部連れ去っていった。
 もっと太らせて、バーベキューに、という目論見はついえたのだが、狸にとってみれば最高のお年玉。きっと家族みんなで、いい正月だったと満足しているに違いない。
 掘り起こされたアラを、喜んでご相伴にあずかったのが、周辺の森にたむろするカラスたち。大勢押し寄せ、ついでに遅まきながら植えた玉ねぎの苗を引っこ抜いていった。
 植え直しては引っこ抜かれ、また植えては引っこ抜かれ……。マルチの黒ビニールを仲間だと思って寄ってくるのかも。ビニールを剥がしたら、いたずらは止めてくれた。
 さて、年末ぎりぎりに間に合わせた名著『桜島噴火記―住民ハ理論ニ信頼セズ』の復刻版。古書店で1万円以上の価格が付けられる幻の書なのだが何と定価1800円で刊行。
 この著者がまた凄い。元NHKの記者で、95年、産廃処分場が焦点となった岐阜県御嵩町長に当選。翌年襲われ頭蓋骨骨折、意識不明の重体になったご仁。それ以前の現職時代には、北朝鮮に2度渡航。よど号の学生たちの日本帰還を援助したり、小野田少尉を日本に戻したり。
 年明け、鹿児島に来られた際に一杯やったのだが、話は尽きず。
 20周年を迎える今年は、なんだか慌しい年になりそうだ。
 



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鹿児島市の郊外にある民家を会社にした「自然を愛する」出版社。自然や環境、鹿児島、奄美の本を作っています。

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