やる気なし!

 

 

 一昨日の午後、それまで何ともなかったのに、急に鼻水が流れ出し、目の下の頬の奥と、同じ側の上の歯が激しく痛み出した。熱も出てきたようだ。計ってみると37度1分、私にとっては高熱だ。

 鈍痛の中で、すっかりやる気は萎え、何もする気が起こらない。最近、相次いで60代の知人が亡くなったが、死ぬときはこんな感じかな、と思った。


 残された人が苦労しないように、ちゃんと整理して死んだ方がいい、と聞いたことがある。大抵の人が突然死んでしまうから、残された人が苦労するらしい。ここもよく分からない。整理するのが面倒なら放っておいてもいいではないか。

 

 死んだ後の話だけど、火葬場ですっからかんに焼かれるより、山の中で朽ち、小動物や昆虫の餌になった方が世の命のためになる、なんてことも思った。畑でも、草刈りの後によく草を燃やしているけど、有機物はすべて灰(炭素)になって空中に飛散していく。畑で腐らせれば立派な肥料になるのにね。

 

 しかし考えてみれば、いつ死ぬか分からないのに、世の大半の人があくせく働いているのは不思議な話だ。確かに若いころ、死にリアリティはあまりなかった。だが、62歳になった。すぐ隣にいる。

 

 いま、3月納品の本が7冊立て込んでいる。大学関係だ。3月が年度末だから、それまでに仕上げなければ困るらしい。知り合いに話したら、南方新社も、年度末に急に公共工事で忙しくなるのは土建屋と一緒だと感心された。


 それはともかく、3月に刊行するなら11月中には原稿を出して下さいね、なんてお願いしていたが、そこはわが道を行く教授様たち。12月に1本入ったっきり。あとは全部1月、酷い1本は2月になってから入る始末。催促しなかったのが悪いんだろうが、こちらもすっかり忘れていた。

 

 その手に限って無慈悲な校正が入る。挿入してある英文字がイタリックとそうでないものが混在しているから、すべてイタリックでないものにしてくれと、注文が入ったりする。これは、自分でいちいちチェックするのが面倒だから、全ページ細かく見てね、ということだ。

 一瞬頭に血が上り、えいっと校正紙を放り投げてしまった。

 痛みに耐えきれず、昨日草牟田の飯田耳鼻科に走ったら、案の定、蓄膿だ。こいつは長引きそうだ。

 

 来た仕事は断らないのが南方新社の流儀だ。そうである限り、のんびり仕事ができる日は来そうにない。いつ死ぬか分からないのに、ね。


穏やかな営み

 

 この下田の事務所に引っ越してきたのは2005年だから、もう13年にもなる。

 

 400坪近い敷地に大喜びして、すぐさま甲突川べりの木市に、ミカン類の苗を買いに走った。どれも1本2000円。八朔の苗を5本買ったら、1本おまけしてくれたのを思い出す。

 

 その八朔も今では根元の直径が20cmくらいに成長して、たわわに実を実らせている。全部合わせて200個は下らない。1個50円とすると全部で1万円になる。すっかり元は取った。しかも、何にも手をかけることなく毎年実を付けてくれる。ありがたい限りだ。
 秋口から色着くのだが、やっぱり年を越さないと甘くならない。

 

 先日、出版の打ち合わせに来た著者などは、袋一杯収穫して行った。それでもまだ鈴なりだ。もちろん無農薬だから、皮はマーマレードが作れるよと、同行の奥様に話したら、とたんに目がキラキラしはじめた。いかにも嬉しそうだ。

 

八朔が鈴なり

 

 焼酎飲みには、小ぶりなスダチがいい。半分に切って焼酎に絞れば、二日酔いはしない。スダチ焼酎を飲むとき思い出すのは、民俗学者の下野敏見さんと、しこたま飲んだこと。これも10個ほど分けてあげた。

 

 スダチの根元に、フキノトウがいい具合に膨らんでいるのを発見。天婦羅にすれば最高だ。天婦羅、天婦羅、と口ずさみながらフキノトウ探しが始まった。これも、10個ほど持って帰ってもらった。

 

フキノトウ発見

 

 下田に来て2年目に建てたトリ小屋は傾いているけど健在だ。6月に農協から仕入れたオス1羽、メス12羽は、全部順調に大人になっている。台風で吹き飛んだ屋根のタキロンも、すぐに修繕してあげた。いまでは、毎日卵を10個は産んでくれる。


 ついでにトリ小屋を覗いたら5個産みたてがあったので、これもプレゼント。有精卵だ!と感動してくれた。37度で18日保温すればヒヨコが生まれるよと伝えたが、もうお腹の中だろう。

 

オスはメスが餌を食べるのを見守る

 

 今年は暖冬だと言うけれど、季節はめぐり、約束通りミカンは実っている。ニワトリは卵を産んでくれる。小社創業の1994年に比べると、出版の市場規模は半分になったという。確かにうちの会社も、売り上げはだんだん落ちてきて、かつての半分くらいになってしまった。

 

 だからどうした。
 ミカンは実り、フキノトウは芽吹き、ニワトリは卵を産んでいる。客人は取り放題だ。この穏やかな営みの中で仕事ができている。これを幸せと呼ばず、なんと言おうか。


変わり者たち


 世の中には変わった人がいるものだ。

 

 日本で旧薩摩藩領の鹿児島・宮崎両県のみに見られる田の神を訪ね回り、1500体余りを写真に収めた医者がいる。『田の神石像・全記録』を小社から刊行したのは今年の4月のことだ。

 

 

 先日は、奄美赴任中のほぼ全ての土日に山野を駆け回り、800種ほどの植物の写真を撮影し、図鑑を出したいという県職員が来た。ただ闇雲に撮ったわけではない。すべての種の花を撮っている。花期は数日、長くても十数日と限られる。風の吹く日は花が揺れ、撮影できない。並の努力ではないことが分かるだろう。


 いずれも本業ではない。多忙な仕事の傍らで時間と金をつぎ込んで、まるで憑かれたように打ち込んでいる。
 そのおかげで本が作れるのだから、小社にとっては有難い変わり者と言える。

 

 今取り掛かっている本は、『写真でつづる アマミノクロウサギの暮らしぶり』だ。夜行性で深い森に棲むため、生態は謎に包まれていた。
 ねぐらを探し当て、夜ごと通う。そのうち春と秋に出産期があることを発見する。繁殖行動、繁殖用の巣穴での出産、授乳、父親の育児参加の様子と、子どもが育つまで追っていく。縄張りを示すマーキング。これは喉を木の幹にこすりつけていく。親子が互いの位置を確かめるための鳴き声発し、メスが気のあるオスにおしっこをひっかけるシーンもある。著者は、排尿ではないため放尿と名付けた。

 

 世界中で誰も見たことのない写真が目白押しだ。

 実は、これらを撮影したウサギのねぐらは、100メートルもある断崖絶壁の際である。おまけに夜は、夜行性のハブが活発に動き回る。まさに命がけの撮影なのである。

 

 奄美の希少生物の撮影で高名な常田守さんが本書に一文を寄せている。
 「今回、この本によって、多くのアマミノクロウサギの生態が明らかになった。人類の知らない彼らの生活が一つひとつ写真に収められ、この本で見ることが出来る。何と幸せなことだろう」

 

 この本の著者は、ほとんど毎夜、山に入っている。ウサギが外出から帰りねぐらに潜り込む夜明け過ぎに、彼も家路につき、ようやく床に就く。
 彼の本業はタクシーの運転手だ。一銭の得にもならないことに情熱を傾け、時には命さえかけていく。先に変わり者と書いたが、ひたむきな求道者というべきかもしれない。

 

 本を作るということは、けた外れの情熱を持つ彼らの人生の表現でもあると、あらためて気づかされた。

 

 

 



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鹿児島市の郊外にある民家を会社にした「自然を愛する」出版社。自然や環境、鹿児島、奄美の本を作っています。

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