真夜中の騒動

 

 前々回だったか、魚の良し悪しくらい自分の目と鼻で確かめろ、と書いた。魚食いのプロを自認する私だが、ついにへまをやらかした。
 先日の日曜日、アラカブ釣りの餌を買おうとスーパーに立ち寄った。目指すキビナゴはなかったが、その代わり刺身用とシールを張った丸々と太ったサバが売られていた。一本380円。目は澄んで黒々としている。こっそり腹を押したが固い。こりゃいいやと大喜びで買った。
 釣りの餌はイカゲソで代用したが、これも大釣り。釣りたてのアラカブの味噌汁とシメサバの豪華な晩飯が目に浮かぶ。
 帰宅してサバの腹を開いた。内臓もしっかりしている。古いやつは腸が破けてドロドロだったりする。これなら大丈夫。三枚におろして、塩を振って30分。しみでた水けを拭き取って酢に浸ける。はい、1時間で立派なシメサバの出来上がりだ。
 皮を剥いで、刺身に切り、ワサビと醤油で食べる。旨い。次々と腹に収まっていく。脂も乗って最高だ。と、身に糸くずのようなものを発見。おっ、これは。アニサキスだ。危ない、危ない。指できれいに取り除いて、潰してティッシュで拭いて、と探したが、目の前にティシュはない。まあいいやと口の中にパクリ。片面をきれいにたいらげ、残りの片面は明日の楽しみ。
 満足、満足、と床に就いた。
 食べて2時間後、最初の異変で目が覚めた。何だかむかむかする。吐きたいけど、もったいない、気のせいだ、そのうち治まるだろうと、何とか眠りについた。また、その2時間後。今度は手の平の異様なかゆさで目が覚めた。かゆい、かゆい。そうこうしているうちに、腹や胸、背中までかゆくなってきた。しまいには足の先から頭のてっぺんまでかゆい。こりゃ、たまらん。
 腹を見たらポツリポツリ、蕁麻疹が出ている。えらいこっちゃ、サバに当たった。しかもアニサキスだ。口に入れたのがまずかった。糸くずのような子虫が目に浮かぶ。
 あわてて着替え、ぼりぼり掻きながら夜間救急診療を探し始めた。さあ、カッコ悪いけど行こう、と思った時、かゆみが治まり始めているのに気が付いた。およそ1時間の騒動だった。
 翌朝、蕁麻疹は引いていたけど、なんだか胃がしくしくする。潰したやつのほかにも、何匹か飲み込んだようだ。これはネットで調べた正露丸で退治した。主成分のクレオソートが虫のやる気をなくすという。
 ちなみに、アニサキスは虫のかけらでもやばいらしい。恐るべき子虫だ。だけど、ああ、旨いシメサバが食いてえ。のど元過ぎれば、だ。 


免許更新

 

 免許更新の連絡が来た。
 行ってみると更新の講習は3段階に分けられていた。優良運転者(ゴールド免許の人)30分、一般は1時間、違反者講習は2時間だ。5年間に違反ゼロなら優良、1回なら一般、それ以上は違反者となるらしい。私は、しょっちゅう警察にカンパしてるから、もちろん違反者だ。
 いつもこの2時間コースだから苦にならない。それどころか、この罰ゲームのような2時間がとっても楽しみなのだ。大方の人が面倒くさそうにしている。中には高校時代の授業よろしく、本を読んでいるふりをしながら寝ている人もいる。
 今回の講習で分かったことがある。
 鹿児島の死亡事故はどうして起こるのか、ということ。若者の無謀運転、居眠り、よそ見運転、違うんですね、これが。高齢者が夜、道路の横断中にはねられるのだ。これがダントツで多い。それも、田舎道でのこと。
 じゃあ、運転者から見て左から飛び出す人と右から渡ってくる人は、どちらが多いか?  圧倒的に右からの人。つまり、右から渡ってくる老人が、渡れるだろうと渡り始めたものの、足が弱っているので渡り切れずはねられてしまうというパターン。
 さらに車のライトの構造がある。遠くまで見えるハイビームならともかく、ロービームではちょっと先までしか見えない。おまけに、対向車の運転手がまぶしくないように、左側を向いているという。これは初耳。
 右からよたよた渡ってくる年寄りは、全くノーマークとなる。
 私もよく日吉町の田舎に通っている。車の少ない夜はビュンビュン飛ばす。だけど、右からの年寄りには要注意だ。この講習ではねずに済んだ。
 こういうことは誰かに話したくてしょうがない。会社に帰ると誰かれ構わず呼び止めて説明した。ついでに、からいも読者にもお知らせした次第。
 ついでにもう一つ、覆面パトの見分け方。先日、車で熊本に行った。
 人吉を過ぎたあたりで路肩に停まっていた車がのろのろと車線に入った。こいつは、覆面パトに違いないと直感。その後を80kmくらいでついて行ったら、ブーンとワーゲンが追い越していった。こいつは餌食になるな、と思ったら案の定、覆面は追い越し車線に入ってブーンと追尾。高速バス停の空き車線で切符を切っていた。
 これで覆面の追尾のやり方が分かった。のろのろ車を追い越して、すぐに追尾してきたら、そいつはやばい!ということ。ちなみに、白バイ警官のような空色の制服にヘルメット姿二人だった。助手席に誰か乗っていたら、追い越すとき見てもらったらいい。 


自分の五感くらい

 

 このところ連日セリを食べている。
 以前書いた水騒動で作る羽目になった田んぼのセリが順調に育っているのだが、その田んぼの畦が壊れてしまった。直すのに重機を入れるという。セリが押し潰される前に、出来るだけ食べようというわけだ。セリの主役は葉っぱではなく茎や根っこだということを初めて知った。
 葉っぱの見かけは華やかだが、火を通せばクシュンとなる。風味が強く満足度が高いのは茎と根っこなのだ。
 それはともかく、今回は魚の話。
 反原発の運動に関わっていいこともある。南方新社に月に1回か2回、四国伊方原発の近所の住人・井出さんから魚が送られてくる。それも、はらわたとウロコをきれいにとった段ボールひと箱分である。彼は魚の仲買の仕事をしているから、見込み違いで売れ残った魚なのだろうけど、魚好きの私にとってはありがたい話だ。
 先日、私の留守中に届いた魚が、親戚にまでお裾分けされていた。親戚だから気安く聞いてきたのであろう、その夜電話が来た。「もらった魚は、刺身で食べられますか」と。
 魚が来たのは私の留守中だったから見ていない。だから「目が澄んで、身が固かったら大丈夫。ちょっと臭かったら止めたらいいし、食べてみてウゲッときたら吐き出すだけだ」と答えた。普段なら、何にも気にせず親切に教えるのだけど、だんだん教えるのが悲しくなってきた。
 ちょっと待てよ。彼は40過ぎの高校教員である。親戚の教員なら食べ物の良し悪しくらい、自分で判断してほしいもんだ、と。
 たしかに、魚に消費期限は書いてないし、刺身用とか煮物用とかのシールも貼ってはない。だけど、スーパーなんかでシールを貼るのは人間だ。商売のリスクを加味しながら、その人の勘で貼るに過ぎない。だいたい見れば分かる。触ったらなお分かる。匂いを嗅いだら決定的に分かる。
 草刈り機やチェンソーを動かすとき、それが初めてなら人に聞いたり説明書を読んだりしなければならない。だけど、機械と違って、人間が生きていく上で一番大切な食べ物である。たかが魚、ではないのだ。それを40年も生きてきて、自分の五感である視覚、触覚、嗅覚、味覚を信じないで何を頼ろうというのか。
 茨木のり子の詩「自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ」を言い換えるなら、「自分の五感くらい 自分で磨け」である。
 願わくは、彼には、テストの成績ではなく、子どもの目の輝きを見てこの子は大丈夫だとすぐに分かる教員になって欲しい。



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鹿児島市の郊外にある民家を会社にした「自然を愛する」出版社。自然や環境、鹿児島、奄美の本を作っています。

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