2007年10大ニュース&スタッフからのお便り


とりあえず 賀正 2008元旦

★ジャーン。設立15年目に突入。刊行点数250点突破。年賀に代えて近況報告。


2007年の10大ニュース

3月16日 社員Jの送別会。大阪の彼氏の下に行くという。去年のこの日、佐賀県庁前のテントで座り込みをしていた元気者だ。シアワセニナァー
3月20日 『しまぬゆ1』刊行。薩摩・島津軍の奄美侵略400周年を来年に控え、奄美から反撃が始まった。シリーズ第1弾の特集は義冨弘氏による古代から1609年までの通史。昇曙夢『大奄美史』(1949刊)、坂口徳太郎『奄美大島史』(1921刊)の両巨頭に修正を加え、まとめ上げた決定版だ。奄美の歴史を語るならこの本を見よ。スゴイッ
4月20日 『鹿実野球と久保克之』刊行。久保監督の手の平を見せてもらった。グローブのような分厚さ。一日、千本以上のノックを35年間打ち続けてきた手だ。ウーン
5月15日 午前7時35分、前田トミさん逝去。82歳。川内に原発話が持ち込まれた当初からずっと現地・久見崎に暮らし、原発はいらないと言い続けてきた。ここ10年余りのお付き合いだったが、県庁前で、九電本社前で、川内市街地で、原発ゲート前で……、様々なシーンが甦る。黙祷
5月16日 南日本出版文化賞に小社刊『大石兵六夢物語のすべて』が受賞した。著者は文学研究者の伊牟田經久氏。キチンとした先生だけに、小社の編集作業はほとんどなし。それでも版元としては鼻が高い。どんなもんだ。エッヘン
6月10日 椋鳩十『ヤクザル大王』を復刊。逝去の前年に刊行。全集にも収録されていない幻の名作である。骨太の文体は、主人公ホシにいつの間にか同一化させる。ホシ、逃げるんだ。人間なんかに撃たれるんじゃない! ニゲロー
7月  1日 南方第2農園開園。会社の近く、一面にセイタカアワダチソウが生い茂る耕作放棄地6畝を借り受けた。汗みどろになりながら2時間余りひたすら草を抜くと、1畝ほどの畑がぽっかり。「耕さず、草々虫達を敵とせず」の自然農のスタートだ。ヤッホー
9月  1日 トカラ列島諏訪之瀬島に社員旅行。小屋泊、寝袋持参に女子スタッフは全員ボイコット。結局、向原と鮫島の2名のみ。防波堤には数百の大魚が群れている。オーッ
12月  5日 『南西諸島史料集全5巻』の第1巻が出来。5年がかりで年1巻ずつ出す予定だ。セット予約でも各巻1万5750円という高額本。奄美の歴史研究に必須の根本史料集なのだが、問題は売れ行き。1巻ごとの赤字がカケル5になるビクビク本でもある。今の売れ行きは、ヒミツ。来年からがんばるぞ。オーッ
12月15日 南方第2農園の収穫祭を敢行。場所は下田町、会社の中庭。総勢20名。全くの季節外れ、寒風吹きすさぶ野外バーベキューに招待された書店さんこそ、いい迷惑? 有機野菜の豚汁にアイガモの炭火焼、ジャーマンポテトに極上のドブロク! そのほか焼酎浴びるほど。全壊1名。半壊は数知れず。来年の再会を約して無法地帯の夜は更けた。ワオーーッ

★2008年も新刊目白押し。乞うご期待。



スタッフからのお便り
 
「野菜作り」を始めた。編集を担当した本、『農的生活のすすめ』にすっかり影響を受けた私。週末、会社が借りた畑で農作業をしている。青い長靴に、選び抜いて買った花柄のほおかぶり姿で、土と汗にまみれるのも、心地よい。先日、数年ぶりに会った知人に畑の話をすると、「あの坂元さんが!」とすごく驚かれた。どうやら私は変身したらしい。
人の心を動かす威力を持った本。今年も作れたらいいなと思う。(坂元)

去年8月下旬、ニュージーランドへ旅した。出発2日前に1人増え、女3人の自由気ままな旅。現地で交渉の手作り旅だ。心配だった入国手続きや乗り継ぎ、日本では不可だった3人部屋予約もできた。まさに「チェストイケ、ナコヨッカヒットベ」である。道で地図を広げていると、必ず親切に近づいてきて手助けしてくれたひとびと。公園では、優雅に湖面を漂うはずの黒鳥が、芝生の上を必死に走っているではないか! 餌に向かって。感激、感謝、爆笑と、心豊かになれたような旅だった。
さあ、今年も元気でがんばろう!(桑水流)

主人が奄美大島へ初めて単身赴任したのは一昨年の4月。同時に子供二人も就職、大学と家を離れ、私は一人の生活をスタート。それ以来、寂しさを紛らわすかのように仕事へせっせと足を運ぶはいいけど……。
我が子と同年代の社員の皆に迷惑をかける事多し。(F)

私にとって2007年の一番大きな出来事は、なんと言っても南方新社に入社したことだ。2006年春、生まれ育った愛媛から鹿児島にやって来たわけだが、いろんなタイミングや運が重なって南方新社に辿り着いた。いきなり570ページの本の編集から始まり、その後もたくさんの原稿に追われる忙しい日々だが、販促のための案山子作りもあったり毎日充実している。来年は編集能力の向上を目指したいと思っている。
今までもそうだったが、何でも面白がって取り組みたい。待ってろよ、2009年!(梅北)

あけましておめでとうございます。南方第二農園園長および時々営業、鮫島です。2007年は念願の畑をスタート、人生の目標“生き残る術を身につける”ことに若干近づけました。
生れ落ちる土地は選べずとも、生きてゆく土地は選ぶことのできる世の中。ここで生きてゆくと決めたからには、鹿児島なんてつまんねえとぼやく前に何かおもしれえことをしてやりたい。祭りなんててめえで作るもんだ、と我がに言い聞かせ2008年は、本を作ります。書店員さん、お客様が元気になる本を。ということで沸点は36℃、平熱で常に燃えながら日々是前進!
宜しくお願いします!!(鮫島)

2007年夏、思いがけないことから『南方新社』を紹介していただき入社することとなり、新しいスタートを切りました。中学時代の校長先生が、「3C―チャンスをつかんでチャレンジし、自分をチェンジして素敵な女性になりましょう」というお話をされました。まさに今私は、チャレンジしているところです。
素敵な自分にチェンジできるよう、初心を忘れず歩んでいきます。(江波)

新年のご挨拶


拝啓 皆様におかれましては、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。

 毎度のことながら、今年も年が明けてからのご挨拶。積み残しの仕事を山と残しながら、ともあれ2007年、南方新社も何とか1年を終わることができました。
 小社の著者の一人である鹿児島大学理学部の橋爪健郎先生に誘われて、大学で地球環境エネルギー論という講義をするようになって3年を過ぎました。
 近年の温暖化・CO2原因説は、政府および企業が錦の御旗にすればするほど胡散臭さが増すように感じるのは、私だけでしょうか。昨年の日本物理学会でも、CO2との関係は証明されないという報告がなされ、学問的にも決着はついていないようです。

 しかしながら、近代資本主義が限りなく破壊を続けているのは事実です。密林の消滅や砂漠化は分かりやすいのですが、私たちの足元も生態系の破壊と、文化の破壊は延々と続いています。薩摩隼人(嫌な言葉ですが大和魂も)とかの言葉はすっかり実体をなくし、私たち自身がすっかり欧米的な思考に染まりきっているから、何も気がつかないだけなのでしょう。
 大学では、破壊から身を護る術として、膨張を続ける都市と決別し人と物の移動を小さくする地域自給からの発想を展開しました。地域の歴史、人と自然が融合した暮らしの知恵、地域の自然の多様さと生態系……。これらは、南方新社の出版活動とオーバーラップするものでした。

 さて2008年、刊行を決定しているものとして、手元にあるものを含めて3月までに20本ほどの原稿が届く予定です。今年は、近年になく多くの本を出す事になりそうです。貴重な地域資源の出版と、出版社としての継続。なんとか両立を果たしていければと、毎年のように新年の願いです。

今年もよろしくお願い申し上げます。

図書出版南方新社
代表 向原祥隆

2007.7.18〜2007.11.16


2007.11.16 幸せなひと時

 出版の仕事をしていて幸せなひと時の話。
 原発や諫早干拓、市町村合併など、当たり前のように進む企業や行政の事業に対して、ちょいと待てよと、紙爆弾を密造する快感もさるものながら、やがてお目見えするであろう本を手に取った人が、昔のことを思い出したり、考え込んだり、クスッと微笑んだり、そんな心豊かになる原稿に誰よりも早く出会う喜びもまた、この上ないものである。
 大吉千明さん。72歳、串良の床屋さん。若いころ漫画家を目指し上京するも夢果たせず、帰郷した御仁だ。ユーモアあふれる墨絵の漫画と鹿児島弁の使い手である。小社から既に5冊出している。
 いま、鹿児島弁のキーワードのいくつかを、鹿児島弁の例文で説明する原稿を預かっている。いうなれば『英英辞典』ならぬ『薩薩辞典』だ。一足早くいくつか紹介しよう。

それとんの
それとなく。「一年生になった孫が、重びふうで鞄ぬかるっ〔背負い〕学校に行っじ、ガッツイ行っがなっどかいチ俺どんがそれとんの後を付けっみたや、脇目もふらじ校門ぬ、くぐっ行ったど、お前や」。孫の姿がいたいけなくムジかったとか〔可愛かったのか〕、宗雄どんが涙が滲んだ目をしょぼつかせっながい「年しゅとれば涙脆ひんなった」チ言っ、目の縁っそろいと拭ぐわった。

ゴロがつっ言葉
鹿児島では言葉の下にゴロが付くものは、あんまい良かぁごうはん。嘘つっゴロ、盗人ゴロ、いやしゴロ〔食いしんぼう〕、欲ゴロ、良か真似しゴロ、いめゴロ、などがあって、最後にキンゴロがごあんどん、これは男のシンボルでまこて可愛いもんであります。体温保持のため寒みなれば縮みあがり、暖かくなればダラリの帯より長く垂れもす。ハーイ。

 高校教員をしている息子さんから、お便りが添えられていた。
 「父は書き残したことがあると言い、原稿作りに没頭していました。本業を忘れたかのように、背を丸めて……。その後ろ姿からは執念というか、何かに取り憑かれたような感すらしたものです。(略)なにぶん趣味の延長であり、決して上手とは言えない絵と文章ではありますが、読む人の心に、ある種の郷愁と感動を与えると思います。」
 ホッコリ優しい気持ちになれる方言。まさに文化そのもの。絶滅寸前の鹿児島弁を何とか後世に伝えようという気持ちが、また一つ形になる。
 来年春、刊行予定。乞うご期待。

2007.10.23 高額本

 だいたい本の値段は1500円前後。それで2000部売れて何とか食っていけるというのが、田舎出版社の一般的なパターンである。
 値付けについてもう少し細かくいうと、グラム400円。変な話だが、本も国産和牛並みの値段が相場だろうと、これまでの経験から判断している。見栄えもだが、手に持ったときの重量感が、値段の妥当さに結びついているような気がする。
 もちろん、とても2000部は読めないとあらかじめ分かっていれば、定価を高くせざるを得ない。
 今回企画している本は、およそ3倍の重さ。刷り部数も500部。とくれば値段は公式どおり12倍、どーんと18000円である。
 題して『南西諸島史料集』。「十島図譜」(白野夏雲)、「七島問答」(白野夏雲)、「薩南諸島の風俗」(田代安定)、「島嶼見聞録」(赤堀廉蔵他)など、明治期に役人がトカラを調査した報告書類をまとめたものである。
 これらの古い文献は、その地域の歴史や民俗を調べていく際に、必須の基本史料となる。だが、なかなか手にすることはできない。古書店などで運良く見かけたとしても、それぞれ何万円もする。
 編者の松下志朗さんは、現在74歳。長く奄美・トカラの歴史研究に携わってきた学者である。『近世奄美の支配と社会』という奄美を知るためのバイブルともいうべき名著もある。数年前に心臓の病に倒れた。いまは回復されているが、最後の仕事として後進のために史料集を残しておこうと一念発起されたのである。
 この本の大切さは理解してもらえると思うが、出版社はただ本を作ればいいというわけにはいかない。大金をはたいてでも買うという500人を見つけなければならない。このご時世、これがなかなかなのである。下手をすれば、何百万円の赤字となる。
 さらに、冷や冷やものなのは、この勝負が一回だけではないということ。何と全五巻、出し続けなければならない。第一巻がこけたから止めます、というわけにはいかないのだ。
 年中、売れなければ赤字という賭けに出ているのだが、今回は12×5巻の60倍規模の賭けである。賭け事に必勝法なんてない。運を引き寄せ、力を尽くすだけだ。
 ちなみに、全五巻は以下の通り。第一巻「明治期十島村調査報告書」、第二巻「名越左源太関係史料」、第三巻「奄美法令集」、第四巻「奄美役人上国記」、第五巻「奄美諸家文書」
 セット予約受付中。

2007.9.13 トウモロコシ泥

 南方第二農園の開園から二カ月余り。
 10月に小社より刊行予定なのだが、一足先に『自然農・栽培の手引き』(川口由一監修、鏡山悦子著)を教科書代わりに、荒地の開墾から、植え付けまでを行った。これまでほとんど手を掛けずにいたのだが、先の日曜日には枝豆、チンゲンサイなどをたくさん収穫できた。
 南方新社・自然農クラブのメンバーも大満足。ただ、トウモロコシだけは、「ひげがこげ茶色になってちぢれてきたら収穫」という教科書に従うと、あと1週間ほどは我慢した方がよかろうということになった。
 水曜日に畑を覗いてみると、あら不思議!トウモロコシが視界に現れない。近くによって見ると全部倒伏しているではないか。倒れた幹の傍らには、皮を剥かれたトウモロコシが、芯だけ残して放り散らかされている。人間ではあるまい。人間なら実だけ採ればいいのだから。そうだ、タヌキの仕業だ。でも、どうして倒したのだろうか。2本足で立つレッサーパンダが人気になったが、川上町のタヌキも2本足で突っ立って引き倒したのであろう。皮を剥いた形跡はあるのだが、芯が見当たらないものもある。きっと、お土産に持って帰ったのであろう。これも、両手に抱えて2本足で巣まで歩いて行ったに違いない。
 いろいろ、現場を見ながら想像が膨らんだのであるが、そもそも、なぜタヌキに気付かれたかが最大の問題として残った。ふと思い付いたのは、試しに何本か収穫して、皮やひげを畑に落とした者がいたのではないかということだ。
 たぬきが散歩がてら畑を歩いていたら、なにやら甘い匂いのする皮が落ちている。「ずっと昔、食べたことのあるあの匂いだ。父さんタヌキは引き倒して実を採っていた。よしっ」と犯行に及んだというわけだ。
 ちなみに、トウモロコシは収穫して24時間たつと、糖度が半分に落ちると教科書に書いてあった。タヌキは採れたての、一番おいしいトウモロコシを味わったに違いない。
 会社に帰ってこの件を報告すると「えええーーっ」と落胆の声が会社中に響き渡った。「犯人はタヌキだが、皮を剥いて畑に放り投げてきた者がいるはずだ」と水を向けると、ゆでて食べたら、とっても美味しかったと一人が白状した。
 でも、タヌキも味をしめた。当分、この畑にはトウモロコシは植えられまい。
 『自然農・栽培の手引き』(川口由一監修、鏡山悦子著)は、家庭菜園にもうってつけだ。10月初旬の発売開始。B5判220ページで2100円(税込み)。予約受付中。

2007.8.8 第二農園、開園

 2007年7月1日、喜びの日を迎えた。南方第二農園の開園だ。
 『農的生活のすすめ』(萬田正治他)『トリ小屋通信』(大熊良一)という農業関係の本を連続して出し、また『自然農・栽培の手引き―いのちの営み、田畑の営み』という本の出版が決まったこともあり、社内でも急に農業をしたいという機運が高まっていた。
 合鴨農家の橋口孝久さんに、貸してくれるところはないかと相談したところ、すぐに格好の土地を紹介してくれた。借地料はただ、盆暮れの土手の草払いだけが条件である。その場所は、市内川上町の県道吉田蒲生線沿いで、橋口さん宅のすぐ裏手。およそ6畝の広さがある。
 「せっかくだから、自然農でやろう」。鮫島亮二を園長に、南方新社・自然農クラブも同時に発足することになった。「耕さず、草々虫達を敵とせず」の自然農である。
 この日は、南方新社から男2名、女2名が結集した。3年ほど前まで畑だったのだが、一面にセイタカアワダチソウが生い茂っている。草刈機で刈ろうとも思ったが、残った株からどんどん芽がでるので、この際、全部引き抜くことにした。場所によってはクズや棘のあるカナムグラが絡まっていてなかなか面倒だ。だが、抜いた後はフカフカして柔らかい。土は肥えていそうである。
 汗みどろになりながら2時間余りひたすら抜いていると、1畝ほどの畑がぽっかり出現した。いよいよ植えつけである。その前にまず、1×10mほどを目安にステージ状に畝を作り上げた。その上に抜いた草を乗せていく。自然農には「持ち出さず、持ち込まず」という教えもある。つまり肥料をやらない代わりに、植物のなきがらを積み重ねて土を肥やしていこうという考え方である。草をかぶせて土を覆うのは乾燥を防ぐためでもある。
 草を掻き分けつつ、それぞれが持参した種をまいていく。枝豆、スイートコーン、インゲンなどなど。
 運営に際して、簡単なルールを決めた。①開墾した場所はそれぞれが自己管理する。収穫物も自分のもの。まく種は自分で買う。②参加費は無料(ただし土手の草刈は義務)。③参加は南方新社のメンバーに限らず自由。早いもん勝ち。開墾終了次第、募集打ち切り。

 あれからひと月余り、ちゃんと芽吹いて健気に育っている。枝豆も、小さな白い花が終わり、赤ちゃん枝豆をつけている。自分のまいた種は愛着があると見えて、自然農クラブのメンバーも仕事の合間にちょくちょく畑を覗きに行っている。「ビールと枝豆」「ビールと枝豆」……、呪文のように唱えながら、荒地も3畝ほどは開いたであろうか。

2007.7.18 万人直耕

 このひと月は出張続きだった。
 先ずは福岡行き。唐津に近い農村地帯。そこにとてつもない大物がいた。と言っても、お会いしたのは小柄な女性。
 きっかけは、2月『いのちの営み、田畑の営み―自然農・栽培の手引き』という自費出版の本を紹介する新聞記事であった。早速、入手。中身を見て仰天した。田んぼや畑を荒地の開墾から解説してある。そして畝の作り方、作物の種類ごとの植え付け、管理、収穫、タネのとり方まで丁寧にイラストつきで解説してある。本作りに相当な手間が掛かっていることがうかがえる。
 「耕さず、虫を敵とせず」という自然農は知識としては知っていたが、誰に聞いても、うまく行く筈がないという反応だった。ところが、本にはたわわに実った稲をはじめ、元気な野菜類の写真も載っている。解説どおりに作っていけば、バッチリ収穫できるという寸法だ。
 ぜひ南方新社から出版して欲しいというお願いに出向いたのである。実際に田畑を見せてもらった。これなら自分でも出来そうだという気がしてくる。しかも耕さないからラクチン。先月、カライモの苗を50本植えつけるために、よもぎの根の張った荒地を汗みどろになりながらクワで掘り起こしたことが頭をよぎった。年老いて、体力がなくなっても問題はないだろう。
 確かに、大きく稼ごうという大量生産には向かないが、自給用の農業にはもってこいのような気がする。この本、順調に行けば9月にはお目見えする。冬・春物の植え付けには間に合うだろう。乞うご期待。
 ついこの間は、大分まで行った。自給自足の農業をしながら、自然卵の養鶏で生計を立てている著者の訪問だ。鳥インフルに負けないニワトリにするためには、スズメ並みの野生に近づける外ない、と喝破する大人(たいじん)である。
 彼が、朝日新聞に連載していたコラムを本にしようと作業を進めていたのが、やっと出来上がった。電話だけで一面識もなかった著者への挨拶をすませ、大分の書店にあいさつ回り。いつものように、ビーサンと首には手ぬぐい。営業もこれですむのがありがたい。
 書名は、そのものズバリ『トリ小屋通信』。帯には「進歩、拡大、発展に背を向けて26年」と挑戦的に文字が躍る。本の中で印象に残るフレーズを一つ。安藤昌益の唱えた「万人直耕の理想社会」を目指す彼が、阪神大震災の被災者に贈ったメッセージ。「都市を捨てなさい。これが我々の激励の言葉である――」



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鹿児島市の郊外にある民家を会社にした「自然を愛する」出版社。自然や環境、鹿児島、奄美の本を作っています。

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