還暦同窓会

 

 私は、徳之島の伊仙小学校を卒業した。高校の教員だった父親に連れられて、5年の時転校したのだ。
 この鹿児島にも、伊仙の子は10人ばかりいる。といっても立派なおっさんとおばさんなのだが。このところ、彼らと2カ月に1ぺんは会っている。還暦同窓会の打ち合わせだ。100人の同級生のうち、鹿児島に10人、大阪35人、東京10人、島に30人、あとは各地に点在、といったところか。

 

 この同窓会を霧島温泉ですることになり、鹿児島組が迎える係になった。宿までの送迎、宴会の出し物、観光コースと詰めるべきことは、けっこう多い。だが、飲みながらの打ち合わせは、ついつい子供の頃の話に脱線する。

 

 しょっちゅう私をつまみに来た正は、女の子たちにも意地悪で、嫌われ者だったことを初めて知った。
 良治はマッチ箱に便を入れる検便に、自分のが出なかったのか、犬の糞を入れて出した。だが、ばれてしまって、先生にこっぴどく叱られていた。この話はみんなよく覚えていた。
 5年の時「明日転校します、みんな今日までありがとう」と、泣きながら感動的な別れの挨拶をした繁子は、翌日も学校に出てきた。転校がとりやめになったらしい。6年の時には本当に転校したが、その時には挨拶もなく突然消えた。

 

 この前の集まりでは、島から鹿児島の高校にやってきた武の話題になった。暴れん坊の武は、高2のときバイク事故で死んでしまった。よう子は武のことがたいそう好きだったという。今でも忘れられない、とうっとりした顔で話す。

 

 中学の時のバレンタインでは、武のために心を込めてチョコを作った。いよいよ告白だ。恋心を誰かに話さずにはいられなかったよう子は、和子にチョコ作戦を漏らしてしまった。和子は、お節介にも「私が渡してあげる」とキューピット役を買って出た。
 バレンタインが終わって、ドキドキしながら和子に首尾を聞くと、あろうことかチョコは武に渡っていなかった。「弟が食べた」と言う。よう子のショックはいかほどだったか。告白のタイミングを逸してしまった。

 

 チョコが武に渡り、よう子とめでたくカップルになっていたら、武は鹿児島の高校には行かず、よう子と同じ島の高校に通っていたかもしれない。そうなれば、バイク事故にも遭わなかっただろう。ひょっとしたら、和子も武が好きだったのかもしれない。

 

 人は偶然に出会い、別れていく。偶然の積み重ねに今がある。その中で生じた他愛のない出来事の一つひとつが、それぞれにとって大切な宝物になっているのだと、改めて思う。

 


植物大図鑑

 

 84歳の植物研究家の本を作っている。南方新社、久々の大型企画である。


 今ではかなり高齢の彼がまだまだ若かったころ、45歳からコツコツと植物画を描き始めた。それは自分のためだったという。


 図鑑を見ても、似た種との区別点はなかなか分からない。せっかく専門家に聞いてもすぐ忘れてしまう。ならば、自分ですぐ分かるようにと、写真では見えない複雑な部分、小さいところ、細かな毛、薄い膜、透明な膜まで、自分で絵に描き込んでいった。まさに細密画だ。


 一つの形になったのは、描き始めてから7年後、52歳のとき。描きためた海辺の植物をまとめて出版した。日本の植物学の権威で、植物に少しでも関心のある人なら知らない人はいない故・初島住彦博士(鹿児島大学名誉教授)が、植物画を目にして絶賛した。

 

 「図鑑の写真は花や実にピントを合わせているので、花や実のない場合は分かりにくい。その点、線画のものが最も分かりやすい」「まことに喜びにたえない」と推薦文まで寄せてくれたのだ。

 それから32年。初島博士の言葉を励みに、84歳になるまで描いた植物細密画は1502種に達した。


 南方新社から何冊も植物図鑑や野草、薬草の本を出している川原勝征さんがこのことを知り、1冊にまとめて出すべきだと、ドサッと原稿を一式置いて行かれた。

 よし、出そう。即決した。


 図鑑や辞典は完全なものほどいい、というのが私の持論である。たとえば小学校の図書館。小学生相手だから、簡単な小学生向きの国語辞典や、小学生昆虫図鑑でいいと大抵の人は思う。実のところ、これはほとんど使い物にならない。大幅に間引いてあるから、調べようと思って探しても載っていないのだ。

 

 私は奄美・徳之島の伊仙小学校を卒業した。蝶を採集していたが、当時の日本の図鑑に載っていないものがほとんどだった。日本の図鑑は使い物にならないと子どもでも分かった。ところが、伊仙小学校の図書館には、何万円もする台湾蝶類図鑑があった。その図鑑には、島の蝶は残らず記載されていた。大人になってから、なんて素晴らしい図書の先生がいたのだ、と何回も振り返った。

 

 1502種。どの九州産植物図鑑よりも網羅性が高く、完全版といっていい。九州中のすべての小学校に置いてほしい。もちろん、小学校に限らず全図書館、全家庭に常備してほしい。図鑑は古くなることはない。半永久的に、ずっと最高の知恵袋であり続ける。
原稿を受け取ってから半年、まだ校正の途中である。刊行までにあと半年はかかる。

 

 3月1日から購入予約の受付を開始する。上下巻1400ページ、1万9440円を予約特価1万5120円。平田浩著『図解 九州の植物』上下巻だ。

 (呈カタログ・電話099-248-5455, info@nanpou.com 南方新社)

 

 

 

 

 


日経新聞で、写真集『加計呂麻島』が紹介

 

 南方新社刊の写真集『加計呂麻島』が、1月22日、1月29日の2週連続の日曜日に、日経新聞に取り上げられた。

 


 1月22日は文化欄。装幀家で名高い司修氏が、加計呂麻島で暮らしていた奥様のみちよさんとそのお父さんを軸に写真集に接している。みちよさんは、50年前に訪れたクライナーをはっきり記憶していた。

 


 「雨が降ればお便所もお風呂も傘をさして入っていただいた」とは、著者の民俗学者ヨーゼフ・クライナーに宿を世話した人の話だ。当時の加計呂麻島は、夕方の2、3時間しか電気が来ず、真っ暗になるからクライナーは「クライナー」と冗談を言って笑わせたという逸話もある。


 大地に両の足をしっかり着け、自然の営みに逆らわず暮らしていた頃の、あまりに静かで穏やかな日々の物語である。

 

 

 1月29日は日経一面コラム「春秋」。奄美世界遺産登録の動きと、若い移住者が増えつつある現状も紹介する。

 

 


 そういえば、先日、奄美大島を訪ねた折、宿の世話になった友人の奥さんが「都会から移住してきた若い人は口をそろえて、島の魅力を生かし切れていないというの」と、もらしていた。

 

 若かったクライナーが、もし今この島を訪れたら、果たして何というだろうか。

 

  

 

 



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鹿児島市の郊外にある民家を会社にした「自然を愛する」出版社。自然や環境、鹿児島、奄美の本を作っています。

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